長野に見つけたもの 梅漬けと古民家

松本の果樹園

2日目の朝は、松本に住むメンバーのところへ果樹園を見せてもらいに行きます。中でも杏の木が目当て。
車を留めて、坂道をトコトコと登って行くと少し汗ばむほど。
清々しい気持ちで一杯になります。
振り返れば松本の町が見えます。

山の南の斜面に朝の陽を浴びて、杏の枝はもう間もなく花が咲こうという頃です。

生の杏の実に親しむことは非常に難しく、シロップ漬けや、ドライフルーツ、ジャムのように加工した商品になって市場に出回ることがほとんどです。この杏の実を生かす術はないだろうかというのが、一つの課題でした。

長野はやはり自然豊か。

しかし豊かなだけでなく、その自然の恵みがたくさんの美味しいものを私たちに与えてくれています。そのためには土地に暮らす人たちが、精一杯に努力しているからに違いないのです。

昨年、大分の竹田に行った時に教えてもらったと同様に、山の斜面で作物をを育て、その果実を麓まで降ろすのは、年配の人たちには重労働のはずです。そんな場所まで車が上がれるわけはなく、結局は人手を頼るしかない。
この斜面で成った杏の実や、梅の実、りんご。
収穫の頃の苦労は、きっと私の想像以上にあるはずですね。

梅漬け

降りてくると、奥様が「お茶でもどうぞ」と気遣ってくれ、庭でいただくことにしました。
満開の梅の木がみごとです。
大沢さんちの豊後
そこで「お茶請けに」と出してくれたのが「梅漬け」でした。
大振りの実がサクッと口の中で広がると、ほんのりとした甘みとふくよかな実の存在感。
「いやあ、旨いなあ!」

長野では各家庭で、いわゆる梅干しではなく、こうした少し甘くに、しかもカリカリに漬けるのが一般的にどこにでもある家庭料理だそうです。そしてお茶請けには、当然、野沢菜の漬物も欠かせない。

ところが今回ご馳走になった梅漬けはカリカリではありませんでした。
どうやらカリカリでないのは失敗なのだとか。
馴染みのない私には、どこが失敗なのかさっぱり分からない。
それほどに旨いのです。

私たちは図々しくも手土産にもらってしまいました。

きっと、どこの地方にも地元で家庭料理として根付いた保存用の郷土料理があることでしょう。でも「これは失敗作!」と言われても、逆に魅力を感じてしまう。
前の仕事の経験上、失敗した料理をどう生かすかは板前の裏技として大切な知識と技術だと知っています。

この失敗作の梅漬け。ちょっと工夫すれば酒の肴をどれほど作れることでしょう。私には可能性がいっぱいあるように思えます。

先ほどの杏の実をこの梅漬けと同じように漬けてみるとどうなのでしょう…
そんな風に思いは膨らんでいきます。

伊那の古民家

さあ、次は古民家に向かいます。
松本から南下し、伊那方面へ。

車窓から陽が差し込むと暑いくらいです。

実は今回、松本を訪ねたのはこの古民家が目的でした。私たちは勝手に「松本の古民家」と思っていたのでしたが、こればかりは大きな勘違い。

向かう先は築150年になろうという古民家。
そこを活かしたいという話から、私たちは興味津々で訪ねることにしたのですが、松本からは予想外に遠い。

結局1時間近く走って着いたのは長野県上伊那郡箕輪町。

箕澤屋 (8)
立派な母屋です。
白壁の蔵が2棟。(実は4棟あるそうです)

箕澤屋 (5)
一時はビール工場の計画があったという長屋のような建物。
かなり崩れかかってはいますが、物置小屋のような2棟。
他にも2棟ほどあり、敷地面積もとんでもなく広い。

箕澤屋 (4)箕澤屋 (7)
春の陽に映えて、うららかな昼の景色です。

箕澤屋 (10)

箕澤屋 (11)

つい3日ほど前に蔵から引き出したという珍しいものもあります。

「菊正宗」–酒の木箱ですね。何にどう使っていたのでしょう。
「富久娘」–これも同じです。
当初は酒屋だったという話もあり、その名残ですかね。
古い、という価値だけに頼ろうとするのは先細りになるでしょうから、さあ、果たしてどのように活かすことができるでしょうか。