山桜桃(ゆすら) 読めないものの本質は?

 山桜桃(ゆすら)というお酒

贈り物をしようと新宿の百貨店のウィンドウを眺めていた時に、「ゆすら」と言う名前の、綺麗で可愛い和菓子を見つけました。
今の季節になると、いつともなく思い出すフレーズ、山桜桃(ゆすら)。
こんな名前の地酒があったことを思い出します。
あった、と過去にするのはどうも失礼らしく、いまも確かにあるようです。

茨城の「郷乃誉」というブランドの別バージョンで発売されていましたが、もちろん安いお酒ではありませんでした。少しネットで調べてみると「桜桃」「桃梅」のどちらでも「ゆすら」と読むらしいことも目に入ってきます。何が正しいかさえわからなくなるのはお愛嬌としておきましょう。 ただし、「ゆすら」というサクランボのような実がなる木があることは間違いなさそうです。
山桜桃というお酒は、ハッキリ言って、高価なお酒で、普段飲みで手にすることは、先ずないことでしょう。かつて新宿の初めてのお店で、外の看板を見たこともあって、オーダーを聞きに来た大将に「ゆすらがあるんですね」と話したら、こちらの希望など関係なく「コレが読めるなら当然コレを飲むよな」と有無を言わせず、「山桜桃」を注がれた記憶が蘇ります。 当然、同行した友人もそれを試すことになりました。
私はたまたま以前にも飲んだことがあり、名前を知っていただけの話ですが、この大将の強引さは見上げたものです。たぶん、一杯1,500円程だったと思います。しかし、残念ながらそのお店は今はありません。

 お酒との出会い

日本酒との出会いとは案外そんなもので、計画して、自分の段取りに合わせるなんてことはあり得ません。だからこそ貴重であり、ハプニングも大切だと自覚はしています。けど、いい加減さも少々ややこしくなることがあるでしょう。
とは言いながら、出会いは大切です。
お酒との出会いは、ひとつの物語にできるほどの、奥深さが必ずあるはずです。
また、そこまで楽しんでこそ、酒好きの冥利に尽きると言うべきでしょうか。

「山桜桃」というお酒のPRポイントを今回は語りません。
このお酒の特異性での悲喜こもごもを感じていただければ、幸いです。
ただし、どんなことがあろうと、酒への敬意だけは忘れないようにしたいと考えています。

2011年3月11日の あの地震を思い浮かべながら、私たちのできることは、何だろうと。
酒を飲みながら語ることは許されて良いのではないでしょうか?
さらに、茨城、福島、宮城、岩手のお酒の背負った苦しみは今も打ち消せないのが現実でしょうか?
私たちはそれぞれの立場で、応援を続けようではありませんか!