二番目にまずい餃子 激戦区「蒲田」

80歳がらみの、年季の入った酒飲みと見受けられる親父である。

「ここの餃子は蒲田で二番目にまずいなあ 」と、カウンター越しに話している。
「そうですか、申し訳ありません」
料理長らしい人が素直に謝っている。
「いや、あんたが悪いんじゃないさ、あんたが作ったわけじゃないだろ」
ベテラン酒飲みは評論家に成りすまし、堂々たるものである。

もちろんこの店は餃子の専門店でもなければ、中華の店でもない。いわゆる居酒屋で、看板としてはむしろ魚と地酒が売りである。

そんな店で餃子を扱うのもどうかと思うが、まさか絶品の餃子を期待して親父、いや評論家は注文したわけでもあるまい。

この蒲田という町は、なにしろあの「羽根付き餃子」で有名な町なのである。
餃子の銘店を語るには材料に事欠かない。
きっと店としては、評論家の貴重な意見をそのままに受け入れる用意はあるのだろうが、殊更に重要な問題として扱うつもりもないようだ。

餃子評論家は、まだ切々と語っている。
カウンター越しの調理長は辟易としているのだろうこともわかるが、辛抱強くこの評論家に対応している。

調理長も大したものだ、「何処が一番美味しいですか?」とはきかない。
それを言ったが最後、その評論家の術中にはまり、話は止めどなく永遠の世界へ飛び立つことを承知してのことだろう。

調理長の本心は、そろそろお引き取り願いたいと考えていても無理はない。相手をしているだけで、忙しい他のオーダーをこなすための時間が奪われていくのだから。

ところが、この評論家は輪をかけてしたたかだ。本心を明かさない。そこまで計算しての上とも思えないが、存在感はしっかりとそこに留めている。
ひとしきり弁舌を披露した後、しばらくは大人しくオンザロックの焼酎を飲んでいる。

しかし、横で聞き耳を立てている私の興味は、別のところにある。
ただ一つだけになっている。
ところが評論家は心得たもので、それをなかなか明かさない。

最初の話に戻って、果たして、蒲田で「一番不味い餃子」は、どこに行けば食べることができるのだろうか?その一点だけが、今私の知りたい全てなのだ。
どこが美味いか、などはどうでも良い。

調理長や、店の苦労はさて置き、今や、私の耳はそこにしか向いていない。親父、早くに察してくれ!

私がこれ以上の酔眼を向ける前に、肝心なところを話しても良いだろう!
実際は教えられたところで、そのまま鵜呑みにできるわけもないと思いながら、この只者ではない?評論家を横に、私はかなり寛容な態度で、しかし自分から尋ねる勇気を持てないままに、盃を静かに傾けているのだった。