冷やしトマトの真理と心理

この記事の目次

 クレームか!

「店長!お客さんが店長を呼んで来い!って言ってます。」
アルバイトの子があわてて私のところに飛んできました。
「何があったんだ?」ときくと。
「わからないんです。」と少し怯えている。
「どのテーブルの人?」
「◯◯番卓です。」
そうか…

その席のお客様は、どこからどうみても、いわゆるその筋の人2名です。
入店時から、ずっと注意していました。
今とは違って、ひと目で分かる人が多い時代で、「暴対法」などない頃です。
ひとモメあると、何かとややこしいことになるのも珍しくない、そんな時代です。
私は急いで席まで行きました。

 ?????

「遅くなりました。何か失礼がありましたでしょうか?」
「おお、店長か。お前の所は面白い物を出すなあ。」
「えっ…」
「お前のとこじゃあよ、冷やしトマトを砂糖で食わせるのか?」
「いえ、そんなことはありませんが。」
すると、冷やしトマトのお皿を箸で叩きながら
「でもな、この皿に乗ってっるのは砂糖だろ!」
怒った口調ではありませんが、要注意な雰囲気です。


「申し訳ありません。砂糖でしたか。すぐにお取り替えします。」
塩と砂糖を、調理場の担当者が間違って乗せてしまったようです。
「いや、このままでいいからよ、もう一皿持って来い!」
「はい…」 と一瞬ためらっていると
「砂糖多めでな!」 と追い打ちです。
「はい、かしこまりました。」

とは答えたものの、一体どっちを添えて、もう一皿を出せば良いのかわからなくなりました。
「本当に砂糖で良いんですが?」
「ああ、いいから早く持って来い!」
「かしこまりました。」 と引き下がってきてから、さて困りました。
言葉通りに受け取れば良いのか、それとも逆に捻ったからかいなのか。
砂糖か塩かここで間違えると、収めるのに相当な苦労が必要になります。
しかも、すぐに持っていかなければ、面倒なことになります。

 どっちが正しい? 真理と心理

「お待たせいたしました。砂糖は大盛りにしました。念のため、こちらの小皿に塩もお持ちしましたのでお使いください。」
「おお、来たか。ありがとな!」
「はい…」
「こりゃ旨えや!」 と言って嬉しそうに箸を伸ばしてきます。
「はい、失礼します。」 とホッとして下がってきました。
これは偶然うまく行っただけかもしれません。
料理の味には人それぞれの好みがあります。
これを確かめるのは案外に困難です。

相手の求めるものは会話の中から見つけることが一番ですが、先ほどのような「先入観」を通して見ると、見誤ることになり兼ねません。
「冷やしトマト」はどちらが美味しく食べられるかなどの講釈は、結局どっちでも良いことなのです。
やはり相手を理解するには、どこまで素直に耳を傾けることができるかに頼るしかないように思います。それなのに、相手の見た目から左右されています。

私の若い頃のこんな経験は、先入観に邪魔されて、相手の心の中が素直に見えていないということの証です。
何事も「違って当たり前なんだ」というところから人に接することができれば、理解し、解決の道を探ることの近道が開けます。
私たちの周りには、きっとこんなことがいくらでもある、そう戒めて、これからも砂糖と塩を見極めていきたいと、私は考えています。