センベロこそが居酒屋の基本(?) その2

 センベロの実態

真っ当な値段というものがあります。
その昔、安いことで有名な居酒屋チェーンの悩みとしてきいたことがあります。
「いくらいい食材があっても、500円の値段では売れないし、出せないんです。そんな値段のものをうちの店に置くことをお客さんが望んでないし、高いと思われるだけだから。」
これは定着しすぎたイメージの呪縛。両者に責任があるとは思いますけど。

センベロと呼ばれる店は「薄利多売」です。
とはいっても、安く出すために原価率を高く設定しているとは限りません。
私が見るに、200円~300円の売価の料理の原価は、せいぜい30円~100円です。
ポイントは、一人の客単価から得られる粗利額が一般飲食店より低いために、より多くの人に来てもらわないと規定額に至らないということです。

 センベロの宿命

そこで、家賃とお客さんのキャパ(商圏の大きさ)が問題になります。
駅近くの一等地にするのか、脇にそれた二等地にするのか。
いずれにしても、満席状態をどれだけ続けられるかと家賃のバランスです。
もしも人気がブームであれば、去った時に終了します。継続できても、損益分岐の肝がまさに客数であることは変わらないはずです。安さが信条である以上、改善は難しい。人件費(人減らし)では対応できなくなり、原価率を下げれば(粗利益率を上げれば)、それは禁断の実を食べたと同じで、自ら墓穴を掘ったも同然です。

センベロとはとは、やはり特殊な営業形態だと考える必要があるでしょう。
然るがゆえに、そこに宿命があるということです。
店はブーム(?)に乗って儲けられる間に儲ける。
利用者側は都合のいい時に目一杯使い倒す。
これでいいとは、私にはどうしても思えないのです。

 あきない

真っ当な値段というものがあります。
特殊なものと、通常なものの違いを利用者側も、実は知っているということです。
特殊性を見た目や錯覚で、いつまでも覆い隠して長続きさせることなど不可能で、悪く言えば、バレルまでに元をとっておこうということになります。
利用者側(お客様)は飽きっぽいのが本質ですから、特殊なものは、やはり飽きられるまでが勝負です。

長く商売を続けるのに大切なことは 「飽きられない」こと。商売のことを「春夏冬」と表現することがあるのは、「秋ない」→「飽きない」→「商い」と同じです。余談ですが、明大前に「春夏冬」という名の店がありますね。
さて、私たちにとって、「通うことになる店」とはどんな店でしょう。
これこそが、自分の人生にも欠かせなくなる店。
そういうことになるのではないでしょうか?

店もお客様も、「あきない」を大切にしたいですね。

リンク: センベロこそが居酒屋に基本(?)その1