朝顔市 祭りとしての長い歴史も変わる

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 入谷朝顔市

毎年7月7日の七夕を挟んで3日間、6日、7日、8日。東京の入谷鬼子母神を中心にして「入谷朝顔市」が開かれ、今は「朝顔祭り」とも呼んでいます。
その翌日9日と10日が浅草のほうずき市です。
地下鉄入谷駅の言問通りと昭和通の交差点からJR鶯谷駅方向への言問通りに、たくさんの朝顔売の業者さん(植木屋さん?)が軒を並べます。

入谷駅と鶯谷駅は歩いても10分ほどの距離です。
昔は、鶯谷駅の南口への入口交差点を過ぎて、さらに先まで並んでいたといいますから、相当の規模の祭りだったのですね。しかし、私が知っている30年前にはすでに、言問通りの鶯谷駅への交差点手前までの区間、約200メートルほどで開催されています。

私の仕事先には、鶯谷駅の南口を下ったところに店がありました。もちろん今でもあります。毎年、この3日間は大変な人通りで、朝顔市は24時間休みなしですから、深夜でも人出はあったのです。

店の前の通りは「朝顔通り」という名前で、鶯谷駅と朝顔市を行き来する人たちが昼下がりから増えます。夕方には、朝顔の鉢を4つ持って駅に急ぐ年配の女性や、団扇を持ちながらのんびりと市に向かう浴衣姿のカップルも見かけるようになります。
私はといえば、行き交う人を見ながら、店の前で焼きとりやトウモロコシを焼いています。

 夏の風物が変わる

朝顔市の規模はこのところ変わりませんが、私が見てきた限りでも人出は減り、朝顔を持って歩く人の数も当然減りました。今や朝に咲く花を楽しみに目を覚ます余裕もなく、朝顔を飾る場所にも苦労する暮らしになったのでしょうか。

東京で言えば、今年から東京湾大江戸花火大会もなくなりました。
こちらの方は、かなりの広範囲で花火を見られることから、警備などの費用と主催行政の負担が限界だということでした。
朝顔のように夏の暮らしに密着した祭りは、生活習慣や環境の変化で「密着」しなくなると、支えが効かなくなるということです。人口が減り、中心となる若い人が減ると、懐かしさだけでは人を呼べなくなる。あと、20年も過ぎれば日本の祭りはすっかり変わっていることでしょう。

私のような年代の者たちが「夏の風物」と思っていたものは廃れ、20年後に「コミケ」と呼ばれる「コミックマーケット」の夏の祭典とかに老若男女すさまじい人が溢れ、とんでもない規模になっているかもしれません。
歴史は若い人を中心に進んでいかなければならないと思います。今後、少数勢力となる若者たちの奮闘を祈るしかありません。