中津城 見てきたものの行方

 中津へ

別府にいながら温泉に入らないという離れ業を繰り出しました。天気は昨日の雨から打って変わって気持ちいい快晴の空です。
ところが別府駅は朝から混乱状態。
事故や架線トラブルの停電が重なって先の見通しが立たなくなりました。

予定通りの昼に小倉まで辿り着くのは無理のようです。そうなるとジタバタしても仕方ない。

中津までは行けそうなので、簡単に方針変更。急ぎ旅でもなし。
途中の宇佐駅で長時間停車です。
ちょうどトランプ氏の当選で昨夜話題になったばかりの宇佐駅。
ここに長くいるのも、次の時代に思いを馳せるひとつの縁になりそう。
USA駅の話題の主の行方はどうなることでしょう?

しかし、普通に特急が走れば1時間足らずで着く中津に3時間かかろうとはね。

中津。
駅の観光案内で聞いたところ、耶馬渓まで往復する時間はとれそうにありませんので、もうひとつの目的、中津城まで行くことにしました。

風もなく町は穏やかです。
古いアーケードの長い街並み(道半町銀座商店街)の中に、和傘アートを展示していて、これが綺麗でしたよ。
のんびりと歩くこと15分ほどで中津城に着きました。

 中津城 官兵衛の夢の始まり?

中津城は、姫路出身の黒田官兵衛が新しく与えられた豊前の国を治めるために築城したそうです。その後、関が原合戦の時には家督を譲って九州にいた官兵衛が、果たして天下の夢を見たのか…
かつて秀吉が最も恐れた男、黒田官兵衛。
しかし、秀吉の前では決して野心など見せることなく、ただ忠実に彼のために働いた。

中津 城(34)

それにしても立派な構えで、むしろ美しい。
天守閣には様々の資料が展示され、最上階では中津の街全体を四方に見渡せます。
1kmほど先には周防灘が広がっています。

歴代の天守の眺めは人の思いに叶ったのでしょうか。
お城の横から路地を抜けると、「赤壁・合元寺」の長く赤い壁が鮮やかに細い道に続いています。
駅に戻る道すがらの、小ぢんまりとした商店街というか飲み屋街というかの、道の看板と酒屋の看板に、大分の地酒の名前を見つけたのが妙に嬉しくて、写真に撮ってしまいました。

中津 (44)西の関中津 (45)初鹿西の誉」「八鹿
そこから表通りに出ると、すぐに中津駅。
中津の名物のひとつがハモだということは、全く知らなかった上に、ちょうど10月1日~11月30日迄「はもフェア」を開催していたにもかかわらず、食べることはできませんでした。
別府の温泉といい、中津のハモといい、名物を素通りしています。

竹田で楽しみ過ぎたせいかもしれませんね。
私の道行きはそろそろ大分県から離れます。
大分県、ありがとうございます。
日暮れ前には小倉へ着けるでしょう。