居酒屋アルバイトの事情から考える

 劇団員とバンドマン

昔から、そして今も居酒屋の従業員にアルバイトの力は欠かせません。だから、かつてもそして今も3Kと言われるだけに、人集めには苦労のしっぱなしです。
たぶんこれから先も、ますます酷くなることはあっても、採用が楽になることなどあるとは思えません。この解決には一案があるのですが、ここでは控えます。
長い間、居酒屋のアルバイトと言えば、どこに行っても、失礼ながら「売れない劇団員」と「売れないミュージシャン」が多くいました。
しかし、実のところ彼らを雇用するのは、私の経験からもかなり条件が難しい。

 先ずは劇団員

劇団ということはその規模にもよりますが、数十人が統一して稽古し、場合によってはツアーに出ます。もちろん自分の都合に合わせて劇団がスケジュールする訳はありません。従って、彼らがアルバイトできる時間帯や日程が曜日で固定できない上、決めたシフトさえも確定できないことが多いのです。
18時~の約束であっても、「すみません、稽古が延びて…」ということは珍しくないのです。ツアーに出たりすると、まるまる1ヶ月不在ということだってあります。正直これではシフトに組み入れるのが大変です。当てにならないのが一番最悪ですから、いてくれればどんなに頼りになる人材であっても、こればかりはリスクにしかなりません。

 次はミュージシャン


バンドマンと言う方が適当ですね。バンドマンですから、グループはせいぜい数人です。スタジオでの練習時間やライブの日程は自分たちで決めるのですから、各自の仕事の都合で練習時間の方をやりくりしています。ですからシフトに組み入れるのは難しくありませんので、その点は安心できます。

しかし、彼らバンドマンには一番の難点がありました。音楽のジャンルによっても違うのですが、大抵の場合その風体に問題があります。今でこそ店によっては規定は緩くなっている場合もありますが、金髪とかを例にあげればいいでしょう。面接に入ってから「その髪、黒くできる?」という質問はほぼ時間の無駄です。面接で来店したその時に、面接する条件としてそう言うしかありません。たいがいこの時点で8~9割はそのまま帰ります。

しかし、そこであえて付け加えるなら、彼らの中で採用した若者たちは、見た目は違和感があっても私の期待以上に仕事をしてくれました。バンドマンは使えるのです。概してというレベルかもしれませんが、バンドマンは使えるのです。理由はわかりませんでした。意外と細かいところにも気が付き、お客様にも好かれるものが多かった。見た目での判断は当てになりません。

 必要なのは?

こうして、応募する人さえ少ない居酒屋は、条件として難しい彼らまでも失うことになります。しかも現在のように何もかも安く売ることを強いられかねない居酒屋としては、一般事務のアルバイトの時給にも及ばない額でしか募集をかけられなくなり、一層に人手不足に陥ることになります。
ここでもう一度劇団員とバンドマンに話を戻します。

逃れ難い彼らの本人事情を鑑みながらも、なんとかクリアして採用に漕ぎ着けたとします。そんな彼らの仕事ぶりはどうなのでしょうか?

劇団員の彼らは案外にシャイです。裏方に当たるような仕事を嫌がることはありません。接客が不器用な一人に、芝居をやっているならば、と私が提案して「こんな従業員ならお客様に人気になるよね」という役柄を与えたことがあります。ところが残念ながらうまくいきませんでした。後に本業の主役で目の出た人を除いて、他の劇団員たちはやはり裏方の仕事の方が向いていたようでした。
次にバンドマン。
もちろん髪は金や紫ではありません。意外ですが個性もうまく利用できるほど器用です。小回りも利き仕事は便利にこなします。時間が許せばいつでもシフトに入ってくれます。私としては重宝させてもらいました。

 すでに末期的現実

これには劇団の特性とバンドの独自性の違いが出ているのかも知れませんが、そんな彼らが発揮してくれた力がなければ乗り切れなかった居酒屋の一時期がありました。

今は彼らも様変わりしていることと思います。しかし、居酒屋のアルバイト採用事情はさらに悪化していることも否めません。だからこそ、そこに外国からの留学生・就学性に頼らざるをえない問題が生まれます。そしてこれは何年か後の日本の未来が見えている本質であることに、多くの人は気づいていません。

世間は人が嫌がる仕事に就く人たちの業界を安く利用しようとしています。当然にそのしわ寄せは給与で精算されることで担います。要は給料が安いということです。競争の激しい飲食店はその中で生き残る道をどう探せばいいかで頭を抱える。介護の仕事はさらに人手不足で、その負担からなおさら人はいなくなる。求めるものの価値を正当に見られなくなっているのが、今の日本の現実だと私は感じています。飲食であれ、介護であれ、サービス業であることに変わりはありません。人が動いて働いて、人が思いを伝える仕事に、自分へのサービスを求めるならば、その人件費を負担する覚悟はどれだけあるでしょう。

居酒屋に仕事の場を求めた劇団員やバンドマンの思いの先と今の世の中は、どこまで合致しているでしょうか?
私たちが見なければいけないものと、実際は何も見えてないものと、しっかりと把握すべきなのに、そこがみんな曖昧なままに埋没していることを、私たちはそろそろ気づかないと、手遅れになるように私は思えてなりません。