お通しの例からお通しを見る

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お通しへの意識

前に書いた居酒屋の「お通し」について、少し具体的に見ていきたいと思います。先ずはお客様の立場ではなく、店側の立場での意識がお客様に伝わるということを紹介しましょう。

最近私が行った店舗の例を上げます。

 チェーン店でのお通し

10月の中頃に行った店です。有名居酒屋チェーンのひとつです。店の名前も明かしましょう。「庄や篠崎店」です。一緒に行った人の最初の言葉が、「これは一品料理ですよね」でした。夜が少し涼しくなり、温かいものが恋しくなる頃、熱々で出してくれた「里芋と豚肉の煮込み」です。器の直径は12㎝ほどですから、まさに煮物の一品料理です。

ここはチェーン店といえども、以前からお通しには本当にこだわり、常に気遣いのある立派な料理として出してくれます。前回に行った時も、熱々の「ふろふき大根の柚子味噌掛け」でした。

世の中の情けないお通しの例を上げるのは簡単で、しかも悲しいので書きません。却って多くの方がたくさん経験されていることでしょうから、説明も不要のはずです。

今回の煮物は、有名な山形の芋煮会を思い出しました。芋(里芋)の収穫のあと、身内や隣近所や仲間内で集まって、河原などに大きな鍋を置いて里芋と牛肉(豚・鶏)と季節の野菜を煮てみんなで楽しむのだそうです。こうした雰囲気も醸し出せればさらに効果のあるお通しになりますね。おそらく普通に注文したって、400円ほどの料理として充分に納得するお通しでした。

居酒屋のチェーン店といえば数え切れないほどありますが、おそらく「こんな物なら要らないよ」という思いをした方も少なくないでしょう。チェーン店の抱える問題を、こうして工夫と手間で解決している店舗は珍しいですね。この「庄や篠崎店」は毎日板前さんが自作しています。チェーンの本社から送られたものを温めて出しているのとはわけが違います。むしろ、チェーン店となれば、余計なことを各店舗でさせたくないケースがほとんででしょう。間違えばリスクのほうが高いですから。

この店が売上を伸ばしている理由は、ここからもうかがい知れます。

 神田の蕎麦居酒屋のお通し

この店は全くの個人店舗です。店主はそこそこに年配の方で、数を揃えた地酒も自慢のお店です。その地酒を注文すると、ひとつひとつその店主が説明しながらグラスに注いでくれます。いや、どうやら他の従業員には注がせないようです。

この店を訪れたのは初めてですが、ここのお通しにも感心しました。小さめの長手皿に3種の盛り合わせです。クラッカーのカマンベール乗せ、もつの和え物、小振りのしゃもじで焼き味噌の3種。心憎いですね。

しばらく前にチェーン居酒屋で3種のお通しに変えたことが小さなニュースになったことがあります。そこは残念ながら、出来合いの煮物や和え物の3種で、それぞれが一口で終わるほどのかなり貧弱なものでした。当時、380円だったと思いますが、首をかしげて食べたことを思い出します。
※その居酒屋はいろいろあって2020年には居酒屋の店舗数を大きく縮小して業態変更すると発表がありました。

蕎麦屋と言えば、そばを打って切って、茹でて提供するまでの間、焼き味噌をつまみに酒をたしなみながら待つ。これが粋と、江戸っ子には常識だったかどうか、昔話としては有名な話です。神田の蕎麦屋と言えば、どうしたってそんな話を思い出すのです。

蕎麦屋の良さを、蕎麦屋の粋を、こうして示しているのだとしたら頭が下がります。こんなこだわりなら応援しないわけには行きませんからね。チェーンの居酒屋も、個人の蕎麦屋も、店主と板前の思いの先にこのお通しがあると信じます。そして、この心意気を感じないお客様だとしたら、これもまた残念すぎて言葉を失うのですが…

 別のこだわりもあるお通し

かつて、いつ行ってもバスケットに一杯のポップコーンがお通しとして出てきた店がありました。結構な大型のチェーン店で、玄関を入るとポップコーンの機械が据えられていて、見た目も楽しめる店造りでした。これはこれで有りなのかなあと感心したこともあります。

また、有りがちですが、お通しは常に枝豆と決めていて、いつ行っても枝豆。生であれ冷凍であれ、季節関係なく枝豆。ただし、小鉢に数鞘ではなく、しっかりと一品料理並みに出す店があります。大豆アレルギーの人以外、枝豆を嫌いだという人は聞いたことがないので、これも有りなのでしょう。夏場であれば、どうせ枝豆は注文するんだから、と納得しているお客様がいても不思議ではありません。

だいたいがお通しは予め盛っておくものとか、ポンと直ぐに盛れるとか、そんなことの方に先に目が行っているのが多くの居酒屋です。小さな小鉢に豆もやしを盛り付けて、お盆を重ねている風景は容易に想像ができますからね。

兎にも角にも、出し方はともかくお客様が喜んでくれるお通しにどうこだわるかが大切です。「こんなもの要らないよ!」と言わせてはならないのです。

お通しは強制する料理

どんな言い訳を用意しようが、お通しは店側でお客様に強制する料理に他なりません。強制するということは、自信を持って提供できることが必要です。

かつて私は「キムチ和えにはするな」と言ったことがあります。結構な人がキムチは好きだと思いますが、キムチは生にんにくのニオイが翌日まで残ります。さらに唐辛子を苦手にしている人も意外にいます。これも気遣いとしてあって当たり前だと考えています。

強制する料理だと自分たちが意識しないままに、ぜひ食べてみて!と自分勝手な理由で決めてしまっては、お客様の事情に寄り添うことはできません。季節や暑さ寒さに敏感になり、お客様を思いやる意識を大切にしてお通しをお出ししましょう。居酒屋でお通しを拒絶されては、結局自分で自分の首を締めることになります。

もう一度、居酒屋はお通しを考え直すべきです。出すか出さないかではなく、如何に喜んでもらえるお通しにするか。そして、これに勝った店舗がいち早く繁盛店に近づくはずです。