酒肴 呑(どん)・岡山の地酒処

 酒肴 呑(どん)

仕事での出張の夜、岡山の旨いものを求めてピンとくる店を見つけられず、1時間ほどかけて飲み屋街をぐるぐると2周も彷徨い歩いた末、ビルの路地奥にひっそりと構えた店にやっとの思いでたどり着いた。
この路地に知らずに迷い込むとスナックの中に紛れてしまいそうな佇まいなだけに、地酒をあてにしてこんな場所を探し出す人は稀だろう。場所柄に似合わず、見るからにいわゆる居酒屋とは思えない異彩を放ち、地酒のためにあるような気配が漂っていた。

21時を大きく過ぎていたにもかかわらず、扉を開けると如何にもの雰囲気をもったマスターが静かな笑顔で迎えてくれた。残念ながら先客はおらず、カウンターとテーブルで10席ほどの店舗は、まるで私を待ってくれていたような空気だった。
「表の地酒の看板に誘われてきました」
「うちは95%が岡山の地酒ですよ」と嬉しい答えを返してくれる。
先ずは乾いた喉を潤したくビールを注文すると「キリン・ハートランド」が登場とは、私の好みからしても申し分なしの品揃え。いよいよ地酒のラインナップが楽しみになる。

 日本酒の選択はマスター任せ

岡山の酒蔵の蔵開きにはどこも沢山の人が集まるらしく、それぞれがかち合わないように上手く年間スケジュールを立てているそう。そしてその蔵開きに、マスターはお客様として行くのではなく手伝いとしていくことがほとんどだとか。そんな話を聞きながら最初の地酒をマスターの選択に任せる。


大正の鶴純米吟醸無濾過生原酒・責め押切

・ 原料米:  岡山朝日100%
・ 精米歩合: 50%
・ アルコール度: 16度
・ 製造年度: 2017BY
・ 酵母:   KA1(熊本酵母)
こんな酒は岡山の酒屋をふらりと訪ねたところで手に入るわけがない。マスターの言葉通り蔵元からの直送でもない限りお目にかかることは適わないだろう。
株式会社落酒造場・岡山県真庭市
ラベルの説明書き
中取りの後、別タンクに最も大きな圧力をかけて搾ります。その部位を「責め」と呼びます。少々渋みがありますが熟成させると角が取れ繊細な味に変化します。
「もう少し雑味があると思ったんですが…」と言って出してくれ、丸みのある豊かな味に仕上がっていることを私も知ることができた。

 マスターはもはや蔵人

料理はここで「大長なすの揚げ浸し」

「岡山でも大長なすを作っているところがあるんですよ」と教えてくれた。40㎝を超えるほどの大長なすは、私の頭の中では熊本くらいしか浮かばなかったが、岡山にも作付けが広がっているらしい。この揚げ浸しがまたナスの味と香りを活かした控え目な味付けで、日本酒との相性にはたまらない存在感だった。

大典白菊生酛純米酒・雄町七十 29BYにごり火入れ酒
・ 原料米:  岡山県産雄町100%
・ 精米歩合: 70%
・ アルコール度: 16~16.9度
・ 日本酒度: +9
・ 酸 度:  1.8
白菊酒造株式会社・岡山県高梁市
ラベルの説明書き
「生もと」で仕込んだ純米酒のにごり酒です。しっかりとした酸味、うまみが複雑に絡み合った、力強い味わいをお楽しみください。
マスター曰く、「おりがらみで出したらと言ったんですが、全然別物になってしまいました」と笑いながら、どっしりとしたにごり酒を注いでくれた。

この日本酒度と酸度が大きな魅力のにごり酒だった。

「生酛の仕込みを手伝いに行くと、山卸の櫂でかく時の最初が本当に重いんですよ。順番に交代しながらでないと大変です。3度に分けて行うんですけど、3度めになればほとんどすりつぶしていて随分と楽ですけどね」
とマスターは酛摺りの労力をそれでも楽しそうに説明してくれたのが忘れられない。
料理もみんな正に酒の肴というものばかりを季節に合わせて十数品用意していて、日本酒好きの心を知っている。こんな店がいい。私にはその方がいい。
お酒の味よりもむしろ、マスターの話を堪能した私がお暇したのは閉店時間をとっくに過ぎた深夜だった。
酒肴 呑(どん)
岡山市北区平和町7-28 西川ファミリービル1F