飲食店は世に不要なもの

 世の中に飲食店は必要ない

居酒屋で長い間仕事を続けてきた私は、ことあるごとに「飲食店は必要か?」と自分に問い直してきた。
そして、答えは常に「必要ない!」という確信だった。

そもそも料理は作ろうと思えば誰でも作ることができる。今では濃縮出汁も充実し、肉や魚や野菜を適当に鍋に入れて煮るだけで何らかの煮物は出来上がる。味の濃淡はあれ、この濃縮出汁は大変な優れものだ。ましてやコンビニもスーパーもすぐに食べられる惣菜をはじめ、お湯を入れれば3分でOKという麺類やレトルト食品も豊富に用意されている。それどころかネットでピッ!で出来たてのピザも寿司もタチドコロに届くようになった。

そうであれば飲食店などなくても誰も困らず、世の中は十分に成り立つようにできている。
わざわざに大金を投じて店を構え、「さあ、いらっしゃい!」と待つ必要が何処にあるというのか?
飲食店、さらに言えば居酒屋など世の中にさらさら必要ないのだ。
本来、飲食店などなくとも世の中は成り立つという結論になる。

 多くの飲食店の現実

私が飲食の仕事を始めて間がない頃、先輩や上司から「飲食店は必要ない」とを言われたことなど一度たりとなかった。
ひたすら教えられたことを覚え、練習をし、指示されたことをこなしていく。それで時間が過ぎ、毎日が終わった。そのうちに慣れてきて、日々のことでは困らなくなり、自分はできていると思い始める。

チェーン店で細かいマニュアルが存在するところはむしろやり易い。誰でもが均一に安定してできる仕組みがそれだから、マスターしてしまえば案外簡単に仕事をこなせてしまう。現在でもファミレスでは調理場に包丁などなくてもほとんどのオペレーションが成り立つようになっているはずだ。
こうして飲食店では一つひとつの作業を覚え丁寧さとスピードを身につけていけば、そこそこ一人前として扱ってもらえるようになる。

さてそこで振り返ってみよう。
飲食店は必要か?

例えば瓶ビール。冷蔵庫で冷やしてあるビールの栓を従業員が抜いてグラスと共に持ってくるだけ。そう、それだけ。それだけで280円のものが500円に化ける。今では中身は缶でも同じだ。コンビニで買って自宅でプシュッとやれば280円で済む話なのだ。
この220円の差は利用するお客様にとって必要なのか?
これは誰もがわかることで、まさにこれこそ飲食店の現実に違いない。

 あなたは何故飲食店に行くのか

なくても困らない飲食店が、特に東京などの大都会では過剰に乱立し掃いて捨てるほど、見向きもされないほどに溢れている。そういう環境であなたは何故飲食店に行くのか?

本格中華を食べたい、有名シェフのコース料理を堪能したい、落ち着いた雰囲気で非日常の和食の季節料理を楽しみたい。
珍味を肴にうまい地酒を並べてみたい、丁寧に下ごしらえした焼き立てのやきとりを頬張ってみたい、秘伝の技で作ったソーセージと一緒にドイツビールをグビグビやってみたい。
それとも、ただひたすら自分で手をかけるのが面倒だ、不味い料理は食べたくない、 マスターに我儘を言いたい、 従業員をからかいながら時間を過ごしたい、今日の仕事の不具合を誰かに話すことで発散したい。
友人と鍋を囲みながら他愛ない話で盛り上がりたい、気になる彼女に精一杯アピールしたい、評判のラーメン屋で他との違いを知りたい、とにかく理屈抜きで今すぐ腹いっぱいにしたい、故郷の懐かしい料理を都会でも気軽に味わいたい。

あなたが何故、今更のように飲食店に行くのか?
これこそが飲食店の存在価値に他ならないのだ。
理由は誰にもいくらでもある。難しいことでも珍しいことでもなく、ありふれた欲求の満足を求めているだけなのだが、これを真剣に考えている人はお客様側にも店側にも存外に少ない。
そういう理由を並べることで、私たちにとっての飲食店の存在意義を明確にしていけるのだが、こんな理屈は日常では無意識に見過ごされている。

人それぞれに時間やシチュエーションによって飲食店を利用する時の理由は違う。その中でそれぞれの理由に応じた選択をして飲食店に行っている。

 飲食店が必要な理由

前記のようなことこそが飲食店が世の中に認められる、必要とされる理由なのだが、その本質から見ようとしている人は少ない。
本来、必要でない飲食店。その中で世の人たちにとって必要な飲食店とは何なのか?ここに答えはある。

多くの飲食店で売上やお客様や従業員の確保で悩みは尽きない。
だからこそ、飲食店など世の中に本来は必要とされていないのだと知ることがスタートになる。
必要な理由を知ることこそが問題解決の肝であり、存在意義を問い直し改めて見出だすことでしか解決しないにもかかわらず本質から目を逸らしている。

ここでもう一度瓶ビールの話に戻そう。
お客様から注文が入ると、冷えたビールの栓を抜いてグラスと一緒持っていく。
それだけのことだからこそ、その中に付加価値を求めなければ+220円をもらう資格がないし、お客様にとっても支払う意味がない。

自分の店のお客様には大瓶がいいか、中瓶の量が適当か、むしろ小瓶の方が喜ばれるか。
瓶は布巾で拭き上げ冷蔵庫の温度が安定する場所で保管する。
提供する前にも汚れはないか、温度は問題ないか、銘柄に間違いがないかを確認して栓を抜く。その際に瓶の口が欠けてないかもよく見る。
もちろんグラスも曇りや汚れはないか、ヒビや欠けはないか、温かくはないかも大事なことだ。
お席に瓶を置く時のラベルの向きはお客様の正面か、グラスの向きも間違っていないかを考えながら、音を立てずにお客様の利き手側にそっと置く。

私たちが仕事をする店は今どんな場所にいるのだろう。
必要とされる居場所にいるのだろうか?
需要を知り自分の居場所を何処に設けるかの答えを持つことこそが、必要とされる飲食店の最も大切な意義なのだ。
そして私たち個々はそれに応えられる資質を十分に備えているのだろうか?
さあ、私たちの店は必要とされる店になっているだろうか?

飲食店、また居酒屋は本来、「必要ないもの」だと自覚するところから始めた方が、飲食店についての答えは早くに見えると私は信じている。