暖簾の外の利き酒師のblog

お通しを考える

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1980年代、大型居酒屋チェーン店では珍しく「天狗」さんではお通しを出していませんでした。その頃はメニューアイテムも少なかった覚えがありますが、いつの頃からか、メニューも写真入りになって、お通しも出すようになっていました。しかし、今(2017年10月現在)は、また原点に戻って廃止しているそうです。

居酒屋にとって「お通し」とは。この深遠な料理を少し考えてみますので、何かのヒントになれば幸いです。

この記事の目次

お通しの意味するもの

歴史や背景は別の方にお願いするとして、現状として考えます。
そもそも「お通し」とはどういった意味があるのでしょう。所詮は店が勝手に強制して、料金をもらう料理です。「つき出し」とか「手始め」とか店によって名前を変えて出している場合もあります。メニューに但し書きをしている店もあります。
「アルコールをお召し上がりのお客様に」とか「全員に」とか様々です。もちろん何の表記もないところだってあります。

「お酒を呑むのに、注文した料理が出てくるまでのつなぎ」
表面的な意味はこれが全てです。一品料理ではあっても、量が少なめですぐに提供できるものがほとんどです。とは言え、このお通しを作るのは量が必要なために、調理場としては毎日頭を悩ませています。だからでしょう、飲食店相手の卸問屋には出来合いの惣菜がいくらでもあります。きっとそれを利用している店も少なくないでしょう。

お通しは100円~500円の範囲内が普通でしょうが、200円~300円が一番多いはずです。現実を1つ先に見てみます。

客単価が3,000円の店のお通しが300円だとします。そして営業利益を常に10%以上出している店舗は優秀店に入ると思います。すると、単純計算でお通しの売上がそっくり「利益」だということになります。ところがこれを理解して仕事をしている従業員は意外に少ないという事実を知る必要があります。

お客様にとってのお通し

お客様にとっては、頼んでもいないのに勝手に持ってこられるのがお通しです。キンキンに冷えた「キンピラ」や人参が入っただけの「二目ひじき」では、食欲も失せようという代物。いっそ解凍しただけの「枝豆」の方がマシなくらいです。そんな物は要らないよ、となるのももっともなことです。

「年配のお客様でお通しを断る方はほとんどいないけど、若い人は多い」と聞いたあことがあります。年配の方はそう言うもんだろうと半ば諦めて認めてくれているのでしょうが、若い人ほどそうは行かない思いが強いからに他なりません。

結局、お客様にとっては「お通し=迷惑」という図式になっていて、そんな物ないならその方が良いのです。店側がこの事実をしっかりと捉えてないから、また敢えて話題にしたくないから、お互いの合意にならず、お客様はしぶしぶ店のルールに従ってくれているだけです。

お通しは板前の名刺代わり

私が30代の頃、先輩から「お通しは板前の名刺代わりだ」と教わりました。大型の居酒屋チェーンには板前(叩き上げの職人としての調理師)などほとんどいません。少しトレーニングすれば料理を提供できるようにシステム化されています。

私が居酒屋を利用(大型チェーン店は先ず行きません)する時、やはりお通しを見て想像します。これは良いなあと思うようだと、後に注文する料理も間違いありません。先に話した「二目ひじき」が板前の名刺なら、料理の注文をする前から期待はなくなります。

たとえ200円であれ、お金をいただく料理です。そこに調理人の思いがどう込められているかは重要なのです。「しばらくの間これを召し上がりながらお待ちください」という思いが。

そういう思いがあれば、季節に応じて、菜の花とタコの和えもにしようとか、キノコを炙ってお浸しにしようとかになって、お客様としても「今日は何だい?」とその内に聞いてくるようになります。

お通しは居酒屋の死活問題

お通しの金額がそのまま利益だとしたら、これは居酒屋の死活問題です。何が何でもやめるわけには行かなくなります。「その分、他の料理を注文するから」というお客様の言葉を信じてもほぼ無駄です。おそらく最終的に客単価は下がるだけです。客数は思うほど増えないはずです。

私が提供時に実行したのは、当たり前のことですが、温かいものは温かく、口にあわない場合は取り替える、この2つです。声を掛けながら提供すれば「鶏肉苦手なんだ、交換してくれる?」とお客様は言ってくれます。寒い日に茶碗蒸しにした時は、本当に喜んでくれました。しかし、これは調理場泣かせです。だけど、断られる訳には行かないのですから、店長と調理場はしっかりと認識してかからねばなりません。

また、もっと重要なことは、世に存在する居酒屋が総出でこの問題に取り組むことです。順に崩れて行けば、いつかはどの店も「お通し」など出せなくなります。居酒屋の死活問題だと、全体が認識することです。そんな状態にも拘らず、未だに適当なもので誤魔化すところも後を絶たず、自分で自分の首を絞めることにならぬよう祈るばかりです。

さて、「ここのお通しは楽しみだ」と言ってもらえるように、いや更に進めて「名物」になるくらいに持っていけば最高です。居酒屋はこの死活問題をどう乗り切って行けるでしょうか。

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