酒は辛口?
”最近の酒は甘いとお嘆きの貴兄に、辛口のキクマサを贈ります”
こんなフレーズで印象に残ったCMを覚えている方もいるだろう。
辛口の酒が少なかった30年以上前の時代を象徴するものである。
「甘い」ということがご馳走だった時代の終焉を示唆する一つでもあった。
そのせいか、「辛口!辛口!」と口にする人が増えて久しいし、今も続いている。斯く言う私も、若い頃から随分とたくさんの辛口酒を飲んできた。
まるで辛口でなければ酒でない、がごとくに、「辛口至上主義」だった。
そもそも、この「辛口」という日本酒の辛さを、理解するのは案外困難だ。
決して「塩辛さ」ではなく、唐辛子の「辛さ」でもない。
ある意味「甘くない」ことの延長線にあるものだから厄介だ。
舌の「味蕾」に基づく科学的な根拠はあるのだろうが、ここでは省略。ご馳走としての「甘さ」と、安上がりな「三増酒」(水と糖類とアルコールで割増)で酒の地位を結局のところ失墜させた大手酒造メーカーの多くが、今もなお、名誉の回復と、日本酒の本来の価値の挽回に苦労している。
甘口の希少
今の時代、実際に「甘口の酒」は殆ど出回っていないと言っても過言ではない。むしろ、甘口の酒を探すほうに、大変な苦労がいる。日本酒は米で作ったお酒。米の旨み、独特の甘みが元々の個性だ。米の旨み(甘み)を排除しての日本酒の旨さなど、本来ありえないのだ。
酒好きを自認するならば、まずは楽しむことからはじめようではないか。
辛口の日本酒も良し。旨みとのバランスを重視した酒はさらに良し。
甘ったるくない、究極の「甘口」はなおのこと稀少価値があり、良しなのである。
辛口に偏らず、日本酒の楽しみの範囲を広げたほうが、幸せに違いない。