飲食店は踏んだり蹴ったり

 飲食店は十分協力も努力もしている

2020年、年の瀬から新型コロナの感染がドドーンと増えた報告がある中で、感染原がまるで全て飲食店であるかのようにコメントした人が多く、1月の緊急事態宣言の発出前から飲食店はやり場のない思いに追い込まれていた。

12月は忘年会が全て飛んでしまっただけでなく、1月になっても特に酒を提供する店は20時迄の営業自粛を言い渡されていたし、何処でどのように商売をすればよいのかと、心は怒りに燃えてどこかに訴えたい気持ちでいっぱいだったに違いない。

持ち帰り弁当を用意して店頭販売をしようが、有料配達に頼ったところで、客席まで構えた店舗では焼け石に水だろう。
それでも、それでも、何かやらずにはいられない。
今ではむしろ、心も冷め切っているかもしれないと心配している。

 政府は本当に緊急事態?

政府は経済が動かないと何もかもが終わってしまうという理由で、押したり引いたりと微妙なさじ加減でコントロールしているように振る舞っているが、実際は信じがたいほどの危機感のなさを私はずっと感じていた。
何とか理由をつけて「経済を止めたくない」というところから何の手も打てず、どっちつかずの最悪な選択を繰り返しているように見えて仕方ない。

昨年2020年、「withコロナ」と言って「コロナの時代」などの言葉が聞かれたが、そんなことが成り立つのはいつのことだろう。「Zeroコロナ」でなくていつ前を向けるのか。

2020年の2月だったか、中国が突貫工事でコロナ感染者病棟を建設している様子が紹介された。その時は多くの日本人は私も含めて皮肉な笑みで見ていたような気がする。しかし、今は素人の私でもそれは大正解だったのではないかと思っている。

だって、今思えばすべて理に適っているではないか。全てが陽性患者であれば細かな院内隔離はきっと不要だろうし、軽症の人たちは担当の看護師さんが見て回ることできっと足りる。今の日本のように療養のためのホテルを用意して、にいちいち一人ひとりに確認の電話をするなどという非効率はなくなることだろう。

 緊急時のトップに相応しいか

中国のような政治体制だからできるだけの話、ということは誰でもできる。しかし、有効な方法はいくらでも真似ればよいだろう。そのために国会はあるだろうし、政府に政治を委ねている。

政府の専門家?委員会の人が明かしてくれた話しのように、日本での意思決定の仕組みはこれほどの緊急時であってもトップダウンにはならず、ボトムアップを待って決めているようでは、誰も責任を負う必要のない政府・行政はいつもと変わらずにいるんだなあと疑いたくなる。仕事量が増えることへの労いと、何処に向かって仕事をしているかの評価は別物だ。

新型コロナへの対応が常に後手後手というのはまさにこのことが最も大きな要因で、長びいている理由がそこにあるのだろう。結局の所、いつまでもいつまでも経済を圧迫し続けるのではないかということは簡単に想像できる。
これほどの緊急時でも国会を呑気に2ヶ月休むなど、政治家でなければ考えつかないことだと、皮肉を言っておく。
日本の政界のトップたちはいつまでも旧態然だ。

日本の国としての緊急事態ではなく、どうにも政権与党としての支持率暴落の緊急事態のほうが重要なのだろう、と見えるのは私だけではあるまい。

1年もあったにもかかわらず、その間の結果をみて方針を見直すことなく、「あんたが悪い」とばかりに飲食店のせいにされても何も解決しない。
「陽性者が街を出歩かない」環境を作ることでしか経済は停滞したまま、あるいは破壊される方に進んでしまう。
それもいつまでも、いつまでも。

 出口も見えない

素人の私がこう言ったところで何の力もないことはわかっている。国の方向性は政府に委ねざるを得ない。
ところが、現在の日本政府が選んだ方向性は「ワクチンができるまでは騙し騙しで行こうや!それしか方法はない」ということだったとしか思えない。
陽性確認者が増えれば緊急事態宣言を繰り返すという、まるで「もぐらたたき」のようなことをその度に続けるのだろう。
何とも無策な哀しさか。

私たちが選んだ(棄権したから私は知らない、という人も含めて)この政府は正しかったのだろうか?
そろそろそんなことを突き詰めて判断する必要に迫られている時期に来ていると私には思えて仕方ない。

このままでは一旦、飲食店はみんななくなってしまいかねない。
そこに関わる、食品生産者、酒造メーカー、他流通業者、おしぼり業者や印刷業者、工事会社も程度の差こそあれ巻き添えを被る。
その責任をすべて飲食店経営者のみに求められて、他の誰も責任は取らないのだとしたら。

飲食店はもう踏んだり蹴ったり。
一年たって未だに、出口さえも見えていない。

2019年2月 河津の桜