近江八幡 八幡堀を歩く

2021年も新型コロナの蔓延で思うように出歩けない。
そこで2年前、2019年5月の散歩道を取り上げてみる。

 八幡堀

前夜、近江八幡の魅力を知らないままに訪ね、ホテルのオーナーから紹介された店で愉快な酒がいささか過ぎた朝。
昨夜の滋賀の地酒「松の司」が頭の隅でまだまだ存在感を主張している。
元々この日は酒蔵でも訪ねられればと思ったり、ただ漠然と安土城跡に行ってみたりのつもりだったのだが、つらつらと見た観光案内MAPでは数々の名所があることがわかった。

先ずはどこかに行ってみようと特に行き先は決めずに駅へ向かった。
近江八幡駅前にある観光案内図を改めて眺めてみる。どうも安土よりも近い八幡堀辺りまで行くと見どころがいくつもありそうだ。

そこで、この日は八幡堀を訪ねることにした。
歩けば30分ほどか…
そう考えながらもつい目の前のタクシーに乗り込んだ。
「八幡堀までお願いします」
すると運転手さんは気を利かせてくれて、遠回りにならないように小さな路地を度々折れ曲がり、ひとつひとつ見どころの説明と案内をしながら走ってくれた。
「ここが京街道」で「ここが新町通り」
そして「ここがメンタームの近江兄弟社」
「八幡堀は朝早く来るとよく京都から来て時代劇の撮影をしていますよ。京都からは1時間ほどですから。」と教えてくれた。

八幡堀とはそういうところらしい。
目的地に近づくとこの町の道は整然と縦横に並んでいてわかりやすい。かつての商家が並んでいた通りなんだろうなあと想像しながらいると、まもなく八幡堀の玄関口に着いた。

 ここはやはり観光地

車から降りりて日牟礼八幡宮の鳥居をくぐる。堀に掛かる橋を渡ると、すぐに店を案内するお姉さんが寄ってくる。
昼の食事はドコドコでという親切を丁寧に与えてくれる。
緑の葉の間を抜けてくる日差しが穏やかで爽やかな5月。
せっかくの八幡宮には行かず、掘割の側道を歩こう。

そうか、鬼平犯科帳のエンディングでジプシーキングスのギターと一緒に流れる景色はきっとここなんだ。
堀端の道を歩きながら思う。
どこかで見た景色がここにあるようで、天気にも恵まれて心地よいい。
呑気に散歩をするには絶好の場所だ。
八幡堀めぐりという船で巡る楽しみもある。

ここ近江八幡の掘割は琵琶湖とつながり、町ができた当初は舟の往来のよる水運で栄えた。
近江商人の一つのふるさとだそう。
千葉にある佐原には利根川とつながった掘割があり、やはり水運を利用して海から川上までの重要な中継地だった。佐原も古い町並みを残して人気の観光地となっている。

 京街道・新町通り

掘割を離れて少し町並みを見ながら歩こう。
鮎料理の店がある。
カフェと名乗る店もある。
平日であるためか人はほとんど歩いていない。
この一角は紛れもなく観光客で成り立っている街だ。
京街道とは別名・朝鮮人街道と呼ばれたそうで、彦根から野洲迄の間、中山道から離れて琵琶湖沿いを通る脇街道だったようだ。

看板の説明書き

朝鮮人街道(京街道 )
江戸時代 、将軍 が交代するたびに朝鮮国 より国王 の親書 をもって来日 する「朝鮮通信使 」は、役人
の他にも文人や学者など、多い時には500人規模で組織され、往復で約1年もの歳月を費やしたと言
われています。

信長から秀吉に至る激動期に町ができ、商人の働きが活発になった時代。
400年以上の経過をどれだけ感じることができるだろうと、焼杉の板壁に沿って歩く。
今では他の地方都市と変わらず、少し逸れたところはシャッターの降りた建物が目立つ。
近江八幡駅迄の道のりはこのまま歩くことにしよう。