千葉県・飯沼本家「甲子(きのえね)」の酒蔵

 酒々井(しすい)

千葉県の利根川沿いの神崎から南方向の酒々井(しすい)へ向かう。途中、成田山を経由し、神崎の鍋店酒造の本店を店の前から眺めながら通り過ぎた。
酒々井は佐倉の東側に位置し、そこでは飯沼本家という酒蔵が私たちを待っている。
「酒々井」という町の名前に思いを馳せれば、酒蔵に相応しい地名であることは間違いない。「酒が次々に湧き出る井戸が点在する町」と決めてかかると、こんなに魅力的な酒蔵の町があるだろうか!
勝手な思い込みとは言え夢があるではないか。
同行の友人はこの飯沼本家を以前に訪ねたことがあり、「酒蔵cafe」が見どころだと盛んに言っていた。

雨が上がって空気も落ち着いた1月の終わりの月曜日。
日が傾きかけ、14時を回った頃だった。
きれいに整備された広い駐車場には他に車がない。
違和感を覚えながらオヤ?
月曜日、もしや休みでは?
観光などの目的も含めて酒蔵を訪れる人も多く、そういう施設を用意したところは意外に日曜日に営業し、月曜日を定休にしているところが見受けられる。
事前に調べればいいだけなのだが、案の定だった。

 飯沼本家

飯沼本家
http://www.iinumahonke.co.jp/
通りから駐車場はフラットだが、酒蔵の敷地からはやや小高くなっていて、そこから少し下った正面に酒蔵の入口の門がある。
その手前左側に「酒蔵cafe」の日除けのれんが掲げてある、かなり古い建物が歴史をも感じさせる。

建物の左側はちょうど駐車場の土手になっているのだが、その土手に埋め込まれた陶器のカメがなんともいい味を醸し出している。
こんな景色は初めてだった。
友人の話によると、ここは売店と食事処を兼ねた場所のようで、ここが目当てだった。
玄関横には新潟県の「旧清野邸」がダムの底に沈む前に移築したとの説明書きがあった。元禄年間に建てられ、明治初期に移築したというから、大した歴史がある。
ところが、扉はしっかりと閉まり、酒蔵cafeはどう見ても休業日だった。

先ずは諦めて敷地の門を入らせてもらうことにした。
いくつかの酒蔵を訪ねさせてもらったが、ここの風情は一段と趣がある。
風景だけでも簡単に50年、いやもっと時代を遡ることができそうだ。
敷地内に鳥居までがあって、奥に見える煙突がその中でも新しく見え、酒蔵としての証明のような存在感をそこで主張している。

有り難いことに飯沼本家は私たちを見放してはいなかった。
休業なのは酒蔵cafeだけだった。蔵そのものは休みではなく、工場は稼働していて事務所は開いていた。
そこで話を気さくに伺うこともでき、目当ての商品を買い求めることもできるのだから、人が少ない分むしろ良かった面もこの日はあったと言えるだろう。

 甲子(きのえね)普通酒糖類無添加

酒蔵まで行って普通酒を買ってくる人などかなり珍しいとは思うものの、私にはそれこそが手に入りにく酒であり、しかも地元でしか出回らず、地元の昔からのファンが愛飲しているに違いない酒なのだ。
何が価値があるかといえばまさにそれこそではないのかと断言できる。
酒というものの楽しみ方は様々あれど、日常に存在するものこそが最も価値あると考える私は変人かも知れないが、高価で日常では嗜むことのできない酒を酒蔵まで行って手に入れることに、果たして価値があるのだろうかと疑いの目を向けてしまう私なのだ。

その蔵の建つ場所と町、周りの田畑の様子、日の当たる景色や空気、そこに暮らす人の表情と感性。蔵人との会話の中に見えてくる地元の人たちとの関わり。
その蔵の前に自らが立って見なければわからないもの。
私はこれを大切にしたいと思って訪ねている。
そしてどの蔵を訪ねてもさりげない心遣いを確かに感じる。

こうして生きてきたんだなあ…
私がどこまで窺い知ることができるのかはわからないが、この肌感覚だけは忘れてはいけないと信じている。

地元で最も飲まれているときいた「甲子」、今は「甲子正宗」との表示はないようにみえるが、元々から育んできたこの名称は、「きのえねまさむね」と振り仮名のようにラベルに表記されている姿を見て、いくらか納得した私がいた。
酒々井の飯沼本家。
酒の湧き出る井戸があっても不思議ではない。
一度訪ねただけでは、物足りない酒蔵である。