「麦」と「そば」 その立つ瀬とお客様の主張

この記事の目次

 麦焼酎とぞば焼酎

「これは麦じゃないよ、そばを別に持ってきて!」
強い口調ではないが、ひとつのクレームとして、従業員から伝え聞く。
そう言われて驚きながら、味見用に今度は私が「そば焼酎」を持ってい行く。
これは今から30年以上前、まだまだ乙類焼酎が東京で普及する乙類焼酎の夜明け前の会話である。
「うーん、これが麦だな。そばじゃないよ。」

「そうですか?間違いないはずですけど…」

麦焼酎かそば焼酎かの会話だ。
三人連れのお客様のうちの一人が焼酎を飲みたくて注文している。
こちらはボトルの表示の通りに、グラスに注いで提供しているのだが。
「いや、そんなことはない、逆だよ!」
こう言われては次の言葉に詰まる。
「申し訳ありません」
「いいよ、わかった。今度こそ麦をちょうだい、お湯割りでね」
いや、これこそ困った、どっちを出せばいいんだ?
まさか、先ほどの2つを指して、どちらですか?とも聞けない。

これほど判断に困ることもない。

当時はまだボトルで出すようなことはなかったし、ショット売をしている店も少なかった。
結局、そのお客様には「そば焼酎」と書かれたボトルの焼酎を、「麦焼酎」として、この日は提供し続けることになったが、これは注文とは違う商品を偽って提供したことになる。複雑な心境だ。
しかも、「麦」も「そば」もその焼酎はそれぞれに立つ瀬がない。

 何が正しい 選択の基準

これほどに、味を見るということは、あてにならないことや不確定要素が多い。
しかし、これを全部お客様の責任に押し付けるわけにも行かない。
「瓶をお客様の前まで持って行って注げばいい」という意見もあるだろう。
「現物を見せて正直に話したほうが親切だ」とも言える。
お客様商売で「白は白」「黒は黒」では通せないことがある。

真実が正しいとは限らない。

お客様と言い争いをして、得になることなど何もない。
お客様が「白」といえば、「黒いものでも白」、これが特に飲食業では大事な時がある。加えて、この時のように三人連れの場合、何もかも明らかにしてしまっては、今度はそのお客様の立つ瀬がない。大恥をかかせることになる。
ここはひとつ、「麦」と「そば」に泣いてもらうことにするしかなかった。
学校で教えられることは「常に正直であれ!嘘をついてはいけません!」
ところが、嘘も方便、果たして大人の悪知恵か?
子供にはどう教えたらいいのだろう?
聖職ともいう教師をしている私の友人に、そのうちきいてみよう。
しかし、麦と偽って「そば焼酎」を出し続けた後ろめたさは、未だに消えない。