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居酒屋は何でも速く
いつの頃からか、居酒屋ではとにかくオーダーを速く出す、ドリンクも料理も、先ずはコレが一番と言われて、店側もお客様側もコレが「当たり前」と思ってきました。もちろん私も、若い頃からそう教え込まれ、そのために何が必要かを常に考え、準備実行してきたものです。
1980年代前半から居酒屋が一気に店舗数を増やし、居酒屋ブームと言われた頃、どの店もが「速く速く」と、掛け声をかけるがごとくに従業員は走り回っていました。
今回はドリンクメニューについては省きます。当然ですが、料理メニューは速いことを条件に考えたものが中心になっていきます。しかし、それに相反するように、他店とのグレードの差別化に迫られます。「速さ」だけではいずれ差別化できなくなるのです。
焼きとりが1本35~40gほどだったものが、50gにグレードアップされる。ところが、大きくなれば焼き時間がより必要になり、提供は遅くなります。そんな誰もが分かるジレンマに陥るのです。
お客様の意識も「速いのは当たり前」と刷り込まれていますから、注文して5分も経たない内に「焼きとりはまだか?」となることもしばしばです。
道を外す居酒屋もある
根本を忘れてしまうと、目先の課題だけを解決しようとして失敗するのは世の常です。これはその頃の居酒屋にも共通することで、お客様から「まだ?」と言われないことばかりを考え始めます。それがクレームになって嫌な思いをしたくないと、速く出すことだけを優先し兼ねないのです。
予め焼いておいた焼きとりやホッケの開きを、そっとレンジアップして出しているのが明らかな店までがありました。私などは「これは商品じゃないだろう」とがっかりするのですが、周りの他のお客様を見ると、苦情を言うわけでもなく「まあ仕方ないか、次は別に店にしよう」と思っているのか、大人しく飲食していることもありました。
料理を作るのは基本通りを実行していても、とうてい「盛り付けた」とは考えにくい状態で提供してくる店も珍しくありませんでした。或る人が冗談で言った「投げ込み流」という盛り付けです。1980年代半ばであれば、今のような写真掲載でないメニューブックが多かった頃ですから、「写真と違う」というクレームにはならないのですが、同業者として恥ずかしくなるようなケースもありました。
もちろん今でも、そんな店は偶にあります。大繁華街であれば「この場所だからコレでも通るのかなあ?」という変な思いも、情けないかな抱いたります。
居酒屋としての本来の価値や役目を忘れて、妙な信仰に取り憑かれて本末転倒になっては意味がありません。いくら新宿・歌舞伎町であったとしても、お客様は次から次に来てくれるわけではありませんから、そんな店は思いの外に早く閉店に追い込まれることになるのです。
待たせたって良いじゃないか
待つ意味を作る
「速く出せ」という常識は、今でも居酒屋の「絶対」の一つだと思います。しかし「全て」ではないはずです。要は、遅いと思わせなければ良いだけです。そのコツは改めて記事にしたいと思います。
時間をかければ美味しい料理を提供できるとは限りません。でも、焼き物や揚げ物は、やはり出来たてが一番美味しいことも確かです。私など、焼き鳥を焼いている時に、火が通って最もふっくらと仕上がったのを見ると、「さあ、今直ぐ食べて!」と言いたいくらいでしたから、その魅力はよく知っているつもりです。
注文が立て込んで、こなし切れないから「待って」とは本来言うものではありません。ところが、1時間並んででも食べたい、というお店が存在し、それを支持するお客様が存在して、その店に長い列を作っていることも事実です。
店のペースに巻き込む
より美味しいものを提供して、しかも待たせない。あるいは待った気にさせない。現実の店舗での対応はいくらでもやり方があります。大事なのは、その料理のどこが一番の売りなのかをしっかりと把握して、お客様の求める価値に繋げることです。私のやってきたことの一つの例はこうです。
「お客様のペースではなく、店のペースに巻き込む」
「だし巻き卵」の例を紹介します。
これは人気商品でした。ところがご存知のように、作り置きして時間の経っただし巻き卵は決して美味しいものではありません。でも、注文ごとに焼き上げるには手間がかかります。付き切りでないと調理できません。最低5分は専念することになります。ここがポイントです。
「焼きたての一番美味しいところをお持ちしたいので、少々お時間をいただけますか?」ときき、目安の時間を伝えます。そして、お時間を頂戴して上で、順番にお持ちするようにしました。もちろん30分以上かかることも度々でした。しかし、この美味しさを知ってもらえるまでの辛抱です。
そのうち、知ってくれた常連さんは、ファーストのオーダーで頼んでくれるようになります。
「先に頼んでおくから、できたら持ってきて」と言ってくれるようになりました。うん、待たせたって良いじゃないか。
本当に求めているものは
現在のビジネスの中心にいる人たちは、よく「バブル」と言われる30年以上前の時代を体験していません。それなのに、あのおかしな時代に価値があったものを、もしかしたら今も引きずっていて、本当は今では価値に結びつかないのに、信じ込んで悩んでいたり、振り回されていることはないでしょうか?
せっかくあのおかしな時代を知らないのですから、本当に大切な価値を自分の目で観て、作り変えてしまえばいいのに…と思うのです。
世間にまかり通っている価値観は、もしかしたら案外に脆弱かも知れません。30年以上前のバブルを経て、居酒屋はすっかりと別物になってしまいました。居酒屋のこれからの姿は、今現状で展開されているものにはすでに価値がなく、全く新しいものが求められている可能性もあります。
日本ではお酒を飲まない人が増え、ビールをはじめ大手酒造メーカーは外国にマーケットを広げることで乗り切ろうとしているところも多い。当然のごとく、居酒屋が今のまま生き延びられる訳がありません。
面白く、楽しい未来が待っていると私は信じています。