新型コロナ感染予防対策は自助のみか?

 国も都も県も同じ

つい先日、K県のK知事がテレビでの会見で話していたことが頭から離れない。
正確な言葉ではないが、以下のような内容だった。
「感染予防には検査だという意見もあるけれど、偽陰性偽陽性もあるので「私はそうは考えていない。徹底した予防対策こそが一番で、中でも飛沫感染防止のため、外で食事するときのマスク会食は絶対に実行してほしい。」というような内容で、フェイスガードや扇子のようなものを紹介していた。

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「結局そうなんだ…」
私の受け取った内容がこうだったと、理解してもらうほうが良いだろうが、それも間違っているとしたら致し方ないしお詫びする。
細かい言葉や言い回しなどが間違っていることはお許しいただきたい。

どうやら、国も東京都もほとんど同じ考えなようで、1日の感染確認者が全国で3000人というこれほどの事態でも「自助、共助、公助」と国のトップが方針を示したスローガンめいたものの順番は段階的に行き詰まっても、政府のすべき役割を省みることなく、今後も責任の順番を変える気もなさそうだ。

 センセイたちの頭の中

私などは経済の専門の学者先生でもなく政治家先生でもないため、その頭の中の仕組がどうやってこの答えを出して経済を立て直せるのかは全く理解できないでいる。しかし、私が長く飲食の仕事をしてきて、このセンセイ方よりもはるかに知っていることがある。
「危険だと思ったら誰も外食などしない」ということだ。

「料理を口にするとき以外はマスクをしたままでなければ外食は危険なのだ!」K知事の話はこれと等しいし、私にはそう聞こえた。
これは「命が惜しければ外食などするな!」と同じで、「若い人はそれほど心配いらないだろうから君たちは自分で考えろ!」の言葉があとに続いて聞こえる。

実際、営業時関の短縮要請などなくても感染の陽性確認者が増えれば客足は遠のくと飲食店の人たちは証言している。
お客様に来てもらうための飲食店自身の努力とお客様の自己防衛はもうこれ以上はできないし、前向きの結果は生まない。
それに輪をかけて「感染したら出かけたあなたが悪い」とばかりの感染予防策の強要は、素人の私にも経済にはもう何の効果も生まないとわかる。
人の心理を慮ることもなく、すべては自己責任だという政策などあるのだろうか。

 飲食店への死刑宣告

このままの国の政策では飲食店はもう立ち直れないだろう。
まさに死刑宣告そのものだ。
2020年3月に新型コロナが一気に蔓延し始めた後に、非常事態宣言がなされた。
その時はきっと、こうして耐えることで次の策を国は考えるに違いないと、誰もが少しは期待したかもしれない。
ところが、未来に向けてのビジョンのもとの緊急事態宣言ではなく、他に為す術のないその場しのぎの選択であったことは今さらもう責めない。
しかしその後、時間があったにもかかわらず、段階的政策によって感染予防と根絶はこういう方針で進めるということは何も示されなかった。

国民の多くが我慢し、中小企業は切羽詰まり、飲食店は廃業をも覚悟して協力した。ところが残念ながら、役にも立たないマスクを配っただけの税金の無駄遣いで、国はその後将来に向けて何の積極的な対策も取らず、ワクチンだとか季節柄の希望的収束観測だけを頼りに待ち続け、国民に金を使わせるための出歩けというGoTo対策に予算をつぎ込むことだけをすすめた。
国民には自己対策で我慢しろ、医療従事者には頑張れ、との掛け声で国の責任回避を個々の自己責任にして発しているだけで2020年は年末になった。

 誰のせいなのか

飲食店は相当数が今年で廃業するだろう。
正月明けに看板の消えている店は想像以上に多いかもしれない。
本来であれば忘年会のピークを迎えるこの時期に、今年の予約はほとんどゼロだという。
どこまで我慢すれば良くなるという確信など持てるわけもなく、来ることもないお客様を待つだけの現状なのだ。

従業員は路頭に迷うだろう。
誰もが責任を取らず他人のせいで済まそうとする政治家や役人もここまできたのか。
考え方はいろいろあり、決断してどれを選ぶかも様々だろう。思い切って実行しても失敗になるかも知れない。しかし、その時に失敗を認めてすぐに切り替え、次の決断をしてやり直すことがもっとも大切だ。
何もしなければ特に責任も問われないということは間違いだ。

緊急事態明けの頃、感染確認者数が減少したのは政府自治体のお陰ではなく国民の自発的な努力の成果だった。そしてその苦しみは誰のせいだろう、なんて言葉は聞かれなかっただろうが、これから先は違うはずだ。
その責任をすべて国民に押し付けられないように気をつけなければならない。

徹底した検査をして陽性者を外に出さないという選択肢は本当に取れないのか?
例えば7000万人という就労人口にだけでもその全員の検査努力は絶対にできないのか?
今後の未来の超高齢化社会の解消に、まさか政府が良い機会だと暗に考えていないことを祈ろうか?

これまでの選挙で、こんな政府を抱く国にしてしまった。
とは言え、国に多くを期待しないように自己責任ですべて取り組むべしという、そんな国だと諦めるわけにもいかない。
飲食業を考えながら夢も希望も何処へやらという思いで、今夜はグラスの向こうをがわを眺めている。