店の棚に手を伸ばす。
かねてより見慣れたボトルのひとつだ。
しかし、若い頃に買い求めたことなどない。
バランタイン-Ballantine’s-ファイネスト
40年ほど前(1977年頃)、今と比べて物価が1/2ほどだった頃、3,000円以上の用意がないと、バランタインを手にしてレジに向かうことはできなかった。
スコッチウィスキーは皆そうだった。
ホワイトホース、カティーサーク、ジョニ赤、J&B然り。
オールドパー、ジョニ黒に至っては、当時8,000円以上が当たり前だった。
歳月が流れ、今では1,000円札が一枚あればスコッチも買える時代になってしまった。
しかし、スコッチの価値が下がったと考えるのは早計だ。
残念ながら私には、スコッチの価値を噛み砕いて丁寧い伝えるだけの味覚も知識も、拘りもない。
ただ、ここで不思議な感覚がひとつあった。
ただ、ここで不思議な感覚がひとつあった。
棚から下ろしたボトルをかごに入れた時、違和感のある音がした。
そしてもう一度手にすると、思いの外に軽い。
ボトルの裏ラベルをそっと見る。
「プラ」キャップ とある。
う~ん。
なんとも分からない。
味を評価する前に、ボトルの評価から考えるハメになるとは思わなかったが、結局のところ分からない。
どうにもガラス製とは思えない質量感と手触りと音。
手で押しては見るものの、もちろん凹んだりはしない。
どうやら一般的なガラスとは違いそうだが、「プラ」でもないのだろう。
ボトルの作りはやや安っぽく見える。
だが、誤解をしてもらっては困る。批判してのくだりではない。
かつては高級ウィスキーの誉れ高きスコッチが、ボトルの質感をも捨てて、手軽に飲める場所に降りてきた。
私はこれを歓迎したいのだ。
様々な思惑もあったことだろう。
歴史の中の誇りもあったことだろう。
しかし、自分の居場所を改めて探し当てることが、誰もできないでいることを考えると、バランタインのこの賢明な選択に私は頭を下げる。
ありがとう、バランタイン。
※ サントリーさんに問い合わせたところ、ボトルは「ガラス製」でした。
かなり薄く作られているみたいで、これも技術なんでしょうね。
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