倉門酒店 江東区東陽町の銘酒店

 地酒と向き合った30年

倉門酒店、出会いは1986年頃。
運転免許証が失効してしまい、やむを得ず東陽町の試験場まで向かう時に偶然通りかかったのが縁です。その当時はまだ改築する前で、味のある佇まいだったのを覚えています。
その時、私が大通りを歩いて真っ直ぐに試験場まで行っていれば、出会うことのなかった場所に店舗はありました。

倉門酒店 (1)
地酒が今ほど、どの酒屋さんにも並ぶ時代ではありませんでした。地酒を揃えたい飲食店は取引できる酒屋さんを探すだけでも一苦労。普段付き合っている問屋さんで、地酒に強いところなど、ほんの一握りという時代です。

また、地酒を置く酒屋さんでも、失礼ながらお茶を濁す程度で、日本酒好きが納得するだけのアイテムを常備している酒屋さんは本当に希少でした。

ところが、倉門さんの店頭には地酒の銘柄を書いた貼り紙が並び、窓などから瓶が見え隠れしていたと思います。試験場でも、ヤキモキしながら講習を受けて、解放される時間が待ち遠しく、手続きが済むと、そそくさと倉門酒店さんに引き返しました。

「少し見せてください」と言って玄関を開けたら、別世界がありました。
30年も前のことなので正確には覚えていませんが、地酒好きはその場に居るだけで幸せになります。圧倒され、言葉も出ないほどでした。

 地酒に囲まれる

その後、倉門酒店さんは程なく改築・新築されて、工夫をした店造りにしました。
それまでは、管理に一番気を使うとして、少ない冷蔵庫で苦心していたのを思い出します。だからこそでしょう、店舗の地下を全部冷蔵庫にしたのです。私も一度見せてもらいました。

地酒の流通事情、酒蔵の悩みや苦労、世間で人気の地酒の裏事情、全く無名の隠れた優秀蔵、様々なことを教えてもらい、長く語り合ったこともしばしばでした。
店主の倉門さんは芯の通ったポリシーを持って地酒と向き合っています。だから、絶対に置かない銘柄もあります。
頑固です。
みごとなくらい頑固に地酒と酒蔵と酒屋の守るべきものと将来を見つめています。

倉門さんは私にとって、地酒の第一の師匠です。
地酒に囲まれる責任の重さを肝に銘じて、次に飲んでくれる人に手渡さねばなりません。
造ってくれた蔵元が直接飲む方に売るのでない以上、間に入る問屋、酒屋、飲食店の使命は重要。それを教えてくれたのは倉門さんです。