魚貝浜屋
お客様との簡単な打ち合わせの後、照り返しの強い梅雨明けの町でかねてから気になっていた居酒屋へ向かう。
月曜日、15時半、住宅地の中の人通りまばらな商店街。
新宿の近く、京王新線幡ヶ谷駅から南に徒歩5分ほど。さらに南へ行き、長い坂を下れば10分足らずで小田急線代々木上原駅。そんな場所に目当ての居酒屋はある。
魚貝浜屋
名前の通り新鮮な魚貝が売り物の居酒屋。
なんと言っても13時~営業というのが特徴で、閉店時間は売り切れ次第とか。だいたい21時頃閉店が目安のようだが、わかりやすい。しかも住宅街の中にある。一般的な飲食店の立地としてはこれまで考えられなかったスタイルで営業している。
一般に、昼間の客数を稼ぐにはランチタイムの昼食(定食や麺類など)を売ることが普通とされ、駅チカでなければ商機はないように思われている。近くで仕事をしている人たちのランチ需要にしか対応していない。
ところがこの浜屋、ランチの定食にはほとんど目を向けていない。13時から酒を飲ませることを前提に店造りをしている。それも何度も言うように住宅街で。
飲食業に携わる者ほど、この姿は無謀と映るに違いない。それほどに飲食業の常識破りに挑戦している。
ここまでがある時にTV番組で私が捉えた印象。
だからこそ余計にこの店に興味が湧いた。果たして一体どんな店で、どんなお客様が訪れ、どれほどの入客状態なのか?
それが今日の午後、夕方前の訪問となって確認することとなる。
浜屋の挑戦
玄関の扉を開けると、奥へ真っ直ぐに続くカウンターに10席ほど。さらに突き当りに2名用のテーブル席が2つ。右横の壁を抜いた隣にテーブル席がいくつか並んでいる光景は意外だった。あとから2軒分を一緒にしたような店のレイアウトだ。
我々が入った時には横の一角はまだ誰もいないようだったが、すでにカウンターは満席、突き当りの二人分が空いていただけだった。10人程が飲みながら食べながらという状況だった。お客様の顔ぶれを見ると、いかにも地元の常連さんたちという様相ではあっても、しかし老人は殆いない。我々の隣のボックス席の二人は建築関係の職人風で、もう会計が近い状況のようだった。
我々が先ずは生ビールを手始めにして、メニューを見たり周りを見たりしている時
「予約をしている◯◯です。」と言って30代後半のカップルがやって来た。そて大して間をおかず、その同じグループらしい2人が入ってきた。
月曜日の16時前だというのに、30代後半の人たちが予約をして来るとは…
驚いている場合ではなく、この時間にこれだけの人が来ることが定着していることが伺える。水曜定休ということだが、土日の昼間の賑わいが十分に想像つく。
常識なんてものは疑って、破って見るものなのかも知れないが、それにはかなりの勇気が要る。
しかし、真実はそこからこそ、見えてくるのだ。もちろん、ただ漠然と新開店したところで期待はできないだろうが、この住宅地で何が求められているのかを見抜いていたのだとしたら、このオーナー、見事なものだ。
スタッフは1人だけ白衣を着た板前然とした40歳ほどの男性ともうひとりの男性、20代と思われる女性が2名。特別な愛想はないが、テキパキと動く様は気持ちがいい。
メニューから見える魅力の本質
最初に目につくのは全国各地から届いた鮮魚類のメニュー。
これは毎日書き換えているに違いない。別途に定番メニューもあったが、チラリと目をくれただけでそれ以上は見なかった。魅力がないということではなく、ここに来てまで居酒屋定番メニューを漁るのは芸がなさすぎると思ったまで。
・ 千葉・焼き白ハマグリ(2ケ) 390円
ホンビノス貝だろうと確信して注文したら、その通りだった。滋味たっぷりの旨さで、2ケというポーションが良い。
・ 長崎・紅コチ唐揚げ 390円
キャッチフレーズにあるようにぷりっぷりの食感がたまらない。「紅コチ」というのが私には馴染みがなくネットで調べてみると、日本なら主に西日本中心に分布するらしい。長崎の業者さんで「紅コチの尾付きフィレ」を扱っているところもあった。
このへんでビールから熱燗に変えることにしたところ、その燗酒は小さなアルミの急須に入れられて出てきたが、これがなかなか気が利いている。
・ 雅乃詩(兵庫)
-3とある割にはそれほどに甘さを感じない芳醇酒。この名柄は初めてだが、確かに燗には向いている。合同酒精さんの商品だと、後で調べてわかった。決して高い酒ではなくとも、提供の仕方で楽しみを加えることは幾らでもできる。
日本酒に移るといよいよ本格的に魚を食べようと思ってしまう。
連れの友人と「仕事ぶりがわかるものをいこう」となった。
・ 愛媛・自家製〆サバ 490円
盛り付けが良い。シンプルで良い。
サバの大きさは小ぶりのもので、それがなおのこと良い。
しかもこの血合いの色合が美しい。
脂が乗りすぎない夏のサバは〆ていただくに限る。
これは絶品だった。
・ 活〆アブラボウズの煮付け 490円
器は小鉢くらいの大きさだったが、どれでちょうど良い。
何しろアブラボウズ。脂を食べるがごとくの魚をたくさん食べられるわけもなく、一緒に煮付けて旨味の染みた厚揚げがまた良い。
お手洗いに以下のような掲示があった。
「お客様に低価格で楽しんでいただくため、当店では仕入、人件費等を最低限の設定で営業しております。そのためお客様に大変ご迷惑をおかけする場合が…」
駅から離れた住宅地の一角。
同業者からすれば「まさかこんな所に…」という立地。
その「まさか」を自分の中でしっかりと消化したからこその店造りだ。
「常識は疑ってみるものだ」と、忘れかけていたかつての自分の考えを思い出させてくれた。