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夜の近江八幡
近江八幡駅ホームに降り立ったのは21時を回っていた。
琵琶湖のある西口に出たが、駅前の小さなロータリーが視界に入るだけで全体像はもちろんわからない。
宿に向かう途中には無愛想な大きなビルが2棟並んでいる。しかし、よく見ると商業ビルではなく巨大な駐車場専用ビルのようだ。駅近の一等地にこんなビルが成り立つとは一体どんな町なのかと、想像してみたが一瞬には思いつかなかった。
どの地方都市も21時を過ぎると、よほど大きな繁華街でない限り、めっきりと静かになる。そしてこの近江八幡という町を私はろくに下調べもせず、気分に任せて訪ねることにしていた。更にあいにく、前の予定が押してしまって、明るいうちに到着できなかった。
この時間であれば地酒を揃えて地元の料理と一緒に提供してくれる店の営業時間はあまり残ってないに違いない。宿に着いたら最初ににおすすめの店を聞こう。
支配人らしい方が素晴らしい笑顔で迎えてくれた。
遅い時間にチェックインをする時に、こういう笑顔で迎えてくれると、ホッとするだけでなく疲れもスウッと消えていく。
「地元の地酒や料理をいただける店はありますか?」
「和食が良いですか?それならば…」と、手描きの地図を示して丁寧に道順も教えてくれた。
「時間はまだまだ心配いりませんよ、遅くまでやってますから」
それを聞いて安心し、部屋に荷物を置いてその店へ向かうことにした。
旬菜旬魚・煌(きらめき)
支配人に教えてもらった店は近江八幡駅西口の駅前にあった。
先ほどの駅前の風景では記憶に残らなかった。巨大な駐車場ビルの隣の駅側に位置するようだ。
旬菜旬魚・煌(きらめき)
ひと目では和食店に見えなかった。その外観にやや躊躇ったが、支配人のおすすめだというからには間違いないはずだと、玄関扉を開けた。
初めての店というのはこの歳になっても緊張感が伴う。
どんなスタッフが迎えてくれるのだろうか?
どんな照明で、どんなBGMで、どんな空気が流れているのだろうか?
メニューの魅力はどうなのだろうか?
先ずは喉の餓えにビールをいただきながら、ゆっくりとメニューやカウンター上のディスプレイやPOPを眺めることにした。
…これはなかなか楽しみがいっぱいではないか。
琵琶湖を目の前にした海のない滋賀県ではあっても、現在の流通からすれば海の鮮魚に困ることもない。それが伺い知れる旬魚の数々、地酒の品揃えも文句ない。多くの居酒屋と違って全てが手づくりだということが伺い知れる魅力たっぷりの料理メニューだ。
酒と料理は決まった。
「松の司・楽」を燗にしてもらおう、そして「本モロコの塩焼き」と「だし巻き卵」
訪ねたのは5月の中旬だったので、琵琶湖の本モロコはまさにこの日の入荷が最後だと説明された。これは何と運の良いことか!
今日を逃すと来年の春を待たねばならなかったのだ。
松の司を味わい始めてすぐ、一人のお客様が新規で入店してきた。
会話からすると常連さんらしい。
何気なく見ると先ほどの宿の支配人だった。
先方も気づいて、それからは地元の話などを聞きながら愉快な時間を過ごさせてもらうことになったのだが、その支配人と思った方は、実は他にも何軒かのホテルを経営するオーナーだった。
自分の馴染みの店を紹介してくれたのだから間違いがあろうはずもない。
子持ちの本モロコの滋味深い味わいは格別で、その後にもらった「権座」(喜多酒造株式会社)という地酒も忘れがたい思い出になった。
旅での出会いには代えがたい何かが必ずある。
松の司純米吟醸 楽 松瀬酒造株式会社
アルコール分:15度
松瀬酒造株式会社 http://www.matsunotsukasa.com/
原料米:滋賀県竜王町産米
精米歩合:60%
権座(ごんざ)・日本経済新聞
滋賀、湖上に田んぼ浮かぶ?https://www.nikkei.com/article/DGXLASIH08002_Z01C14A0AA1P00/