居酒屋とタバコ 受動喫煙を考える

時代を遡ること40年。
私の学生時代、私は元々タバコを吸わなかったが、その頃の私の周りの友人でタバコを吸わない者はほとんどいなかった。
もちろん受動喫煙などという言葉はなく、分煙だの、禁煙席だのの定義もほとんどなく、飲食店はいくら厨房のダクトが精一杯に排気しても、喫煙者の吐き出すタバコの臭いには太刀打ちできず、どこの店に入っても客席がタバコ臭いのは当たり前だった。

この記事の目次

 税収を守る

ところが今の時代は、国会でまで喫煙の規制で議論をするようになった。
私のかつての友人で、今もタバコを吸う者はほとんどいない。
可笑しなもので、大概は子供ができたのを機にタバコをやめた。
自分にはともかく、「タバコが健康に悪い」ということを可愛い自分の子供に対しては認めていたのだろう。
子供にまでその健康被害を共有させることに気が引けたのか、自分を含めた健康志向に目覚めたのかは、いちいち確かめてないので分からない。ただ、タバコが健康に悪影響を及ぼすことだけは定着してきたように思う。
今や、医師で喫煙者は殆どいないと聞いた。これまで沢山の人たちが自分の健康と引き換えに、命がけでタバコを吸いながら、タバコを買って税金を払い続けてくれていることには感謝すべきかもしれない。しかし、どうにも素直でない私には、そう理解するだけのゆとりもない。そこで、飲食店、中でも居酒屋とタバコの関係に少しばかり噛み付いてみたいと思う。

 お客様を守る

かつて居酒屋で灰皿がないテーブル席などあり得なかった。
従って各居酒屋によるが、灰皿をどう扱うかのマニュアルはその店の在り方にもつながるようなレベルで各種あった。
バブル全盛の昭和の終わり頃には
「吸い殻が3本溜まったら交換する」とか
「吸い殻は一杯になるまで替えなくて良い」など
まるで両極端なマニュアルが存在した。
「替えなくて良い」というのは、「その時がそろそろ帰ってもらう時間だ」という意味になるからだ。
仮に、どれだけタバコを吸ったかを自覚させてあげることで、自分の健康を気遣う機会をあげようという親切心であったとしても、ヘビースモーカーの抱える灰皿は圧巻の眺めだったことは確かだ。

もちろん買い置きのタバコを店が用意していることは、サービスの一環として決して怠ってはいけないことだったし、お客様の「買ってきてくれる?」という言葉に応えるのも大切なことで、リピート(再来店)につなげるためには必要な対応の1つになっていた。

SIGN1001私が仕事した店で、お酒を飲み過ぎなお客様に「もうかなりお疲れですよ」とお酒の提供を渋ることはあっても、「もう吸わない方がいいですよ」と言って、タバコの提供を断ったことはなかった。

それほどにかつては日常の真ん中の存在でいたタバコが、2020年の東京オリンピックをひとつの名目にして、複雑な立場に追いやられそうになっている。

★飲食店での喫煙

国会での議論が波紋を呼ぶが、タバコが悪いのか、タバコで生計を立てている方が悪いのか、吸う人に責任があるのか、それぞれの立場での物の見方で批判や主張が飛び交うことになってしまった。

率直に私の結論を言おう。
飲食店は全て禁煙

これしかない。

 タバコ農家とJTを守る

世界全体の流れを見て現在に至ってくると、非常に申し訳ないながら、タバコ農家とJTをこれまでと同じやり方で守ることなど出来はしない。
新しい生きる道を示すことでしか残り得ないのだ。
先進国ほど喫煙者の比率が下がることを考えれば、タバコを消費することに固執すればするほどタバコ農家とJTの未来はいびつになる。

時代はそういう方向に進んでいる。タバコ農家から脱却することへの補助金を含めた新しいシステムを積極的に構築することの方が、国の将来への経営として賢明に思えるのは私だけではあるまい。

 店を守る

居酒屋で長く仕事をした私だから、もう一度ハッキリと言おう。
飲食店は全て禁煙

これしかない。

一度、あるいは一部に例外を設けるのが好きな人たちがいる。
逃げ道を用意するのはどっち付かずに悩んだ人の常套手段。

当然のように矛盾や意味不明の線引がされる。線引の場所も理由も利権の傾き具合の調整でしかないのかもしれない。

或る会社の人たちが仕事の後で居酒屋に行こうとする場合、4人の内一人だけが喫煙者であったとしても、それが上司なら部下たちは忖度して全席禁煙の店は先ず選ばない。
部下3人は必然的に受動喫煙の場に置かれることになる。果たして、これを拒否して、部下が全席禁煙の店を選択することができるだろうか?
また、「禁煙店でいいよ」と気を利かせる上司であったとしても、これ幸いとそれに乗る部下はどれほどいるだろうか?

日本の世代の構図として、喫煙者は年が上の人に多いため、上司が喫煙者というシーンは普通にもうしばらく続く。

分煙にするならそれで良し、という曖昧な規制を設けたとしたら、排煙設備や間仕切りを用意する席など、弱小店舗に造れるわけがなく、結局のところ、弱小なればこそ何でも受け入れて商売するしか選択の余地はないのだ。よもやカウンターの隅の一席だけが禁煙席ですと定めたところで何の役に立つだろう。

「飲食店の禁煙は各自の任意」などという言葉が神のお告げになった場合、オーナーが店を禁煙にする勇気など、簡単には出てこないのが自明の理というもの。

大企業の経営による大型チェーン店の、しかも大型店舗のみが喫煙スペースを造って愛煙家の慰めに貢献でき、弱小店は、タバコを吸わない気の弱い部下さんと一緒に、従業員も煙に覆われながら、お客様の意向に任せるしかない。この不公平こそが現実となるに違いない。

弱小店は、いったい何を頼りに自らの責任で改善すれば良いのだろうか?

SIGN1002

 従業員を守る

三原じゅん子議員の発言にヤジを飛ばして、うっかりと自らの本質までさらけ出して話題になった議員さんがいたが、その話は重要な問題を白日に晒したのと同時に、「タバコ」の持つ問題の本質とすり替えられてしまったように扱われたのは複雑な思いでいる。
私のように若い頃から喫煙者の中にいて、今さら受動喫煙が…と言ったところで、私自身は既に手遅れに違いない身としては切実感はないけれど、今の時代にタバコを吸わない人が喫煙者の煙の中で仕事をすることを必然としてしまうのはどこかおかしい。

吸わない人の健康を守るための規制が、店を利用するお客様側の健康にだけ偏っていて、従業員の健康は店の営業方針に任せるだけでは解決されるはずはない。ファミレスが禁煙席と喫煙席をしっかりと分けて営業しているのは誰もが知っている。しかし、禁煙席専用の、喫煙席には入らなくて良い条件で従業員を確保している店はあるだろうか?もしあったとして、喫煙席専用の従業員は時間給が1.5倍なんてことにしない限り難しいだろうし、その余裕があるとも思えない。さらに、アルバイトならともかく、正社員がそれで通るわけがない。
私には見える。そう遠くない未来、喫煙ルームで自分はタバコを吸わない店長一人が走り回っていて、外の禁煙席ではアルバイトがたむろして無駄話に興じている姿が。

その内に、飲食店の経営者には「従業員に受動喫煙をさせた場合の罰則」を設けて、店自体の禁煙化は不要という矛盾だらけの法規制状態に置かれてしまいそうだ。
今でもすでに、飲食店は従業員の確保に四苦八苦している。
ましてやタバコを吸わない人が増えてきた時代に、受動喫煙を理由に仕事を拒否され、応募もなくなるのは致命傷にもなりかねないのが飲食店だ。
政治家や議員の皆さんのご都合に合わせるのはもう勘弁願いたい。

 何を守るのか

「何を守るのか」を順序立てて見ていけば、案外に詳細まで見えてくる。

長時間労働による過労死には敏感でも、強制されている受動喫煙による短命にはあまり注意を払われていない現状がある。わずかでも長時間労働をさせようものなら、メディアからもとことん叩かれる飲食店が、タバコの煙の中で従業員の受動喫煙を放置することには、まるでお上のお墨付きをもらっていて、誰も触れるなと言われているように感じるのは私だけだろうか?

飲食店は全て禁煙

商売上の自由競争の原理と、利用客や従業者に対する公平はどう折り合いを付けるのか。これには何度も私の提案する方法がベストだと思うのだが…

厚労省の「国民の健康を守る」主題が、どこかで違う場所で神棚に乗せられているようなおかしな風景にならぬよう、ニュースの中だけでなく、自分が昨夜に酔っ払った店を思い浮かべると、分かりやすい風景として蘇ってくるだろう。そうすれば酒好きの戯言だけに収まらないはずのこんな話。

酔いつぶれる前に、少しだけ見えることがある。
グラスを傾けながら、今日もグラスの向こうに歪んだ風景を酔眼で覗いてみる。
そんな夜があっても良いのではないかと、信じたい。