福岡 繁桝の蔵元の心意気

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 楽しみかな…

もう30年ほど前になると思います。
私の家内の仕事先の方が、九州出張のお土産に日本酒をくださったのです。
私が地酒好きだということを知ってくれていて、重いのにわざわざ持ち帰ってくれたのでした。
それが、「繁桝 大吟醸」(福岡 株式会社高橋商店)。

さすがに今はその時と同じ造りのお酒はないでしょうが 、当然、当時としても大吟醸は高価なお酒です。常用として売れることは稀でしょう。きっとお土産物としての方が需要は多かったはずです。
今で言えば、720mlボトルで2500円~3000円くらいの売値だったろうと想像します。
もちろん家内も上機嫌で帰ってきましたし、私も貴重な一品を感謝の思いで受け取り、日時を選んでいただくことにしました。

さて、その楽しみにしていた日、いただいてから冷蔵庫にそっとしまっていた、その繁桝の封をキリッと開けたのです。
トクトクッという音とともに待ちに待った繁桝をグラスに注ぎます。
そしてグラスを手に持って、鼻を近づけていきました。
「うーん」とほのかな果実のような香りに頬を緩めるはずでした…
静かに口に含むと、 優しい味わいと一緒に鼻にそっと抜ける吟醸香を、そこでもう一度楽しめるはずでした…

 哀しいかな…

残念ながら、そのどちらもやって来ませんでした。
お世辞にも美味しいお酒とはいえず、むしろあの「ひね香」と若干の渋味が立っています。
いわゆる「古酒」のもつ深い旨みともかけ離れていました。
私は思わずボトルのラベルを見直し、愕然としたのです。

わざわざお土産でくださった方へのお礼はもちろん伝えたものの、寂しい気持ちがしばらく抜けません。
やがて、何日か後、私は手紙を書いていました。
  • 九州のお土産でいただいた、大吟醸が残念な味だったこと
  • 瓶詰め年月日が1年以上前のものだったこと
  • 冷蔵庫ではなく、お土産物屋さんの棚に並んでいただろうこと
  • 蔵元の手を離れた商品の管理状態を改善できないかということ
  • せっかく自信を持って出されたお酒が、悔しい結果を招いていること
  • 一人の日本酒ファンとして応援のためにもお知らせしたいということ
最初はためらいましたが、どうしても「繁桝」さんに伝えたかった。
クレームのつもりは全くなく、同じく日本酒を扱うものとして、日本酒には将来も含めて頑張って欲しかった。

 嬉しいかな…

一週間もたたない頃でしょうか、「繁桝」さんから丁寧なお手紙とともに、その大吟醸が2本届いたのです。
改めて言うまでもなく、最高に美味しい大吟醸でした。
繁桝さんの心意気に涙が出そうになりました。

誰かに見習って欲しいとか、そんな教訓じみたことではなく、お酒を愛することと、造ることの本質を教えてもらった気がしました。
自分が自信を持って送り出した商品への愛情と誇り。

メーカーが流通まで管理することは、たぶん不可能でしょう。
しかし、日本酒は「なまもの」です。
消費者の手元に届くときの品質には、メーカーも案外に不安を持っているかもしれません。
だからこそ、流通と小売、そして飲食店という立場で、どういう意識を持って取り組んでいるかがいかにも重要になります。

当時のものとは別の画像です

どんなに愛情を込めて、手間暇を掛け、我が子を送り出すようにメーカーが大事に扱っても、末端までが同じ思いでなければ、メーカーの思いと同じレベルで、実際に口にするお客様に届けることなんて、あり得ない話です。

どんな立場であれ、自分の売る商品を愛する気持ちを持たなければ、商売としても本当の成果にはつながらないことでしょう。
私自身もコレを戒めとして、店舗でお客様に提供することに、こだわりを持つ必要を身に沁みて感じました。
こういう蔵元さんはずっと、ずっと応援しなければいけないと、私が心に決めた出来事です。
※ この画像は2016年10月の試飲会のもので、当時のものとは違います。