自衛隊看護官派遣の気持ちの居場所

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 気持ちの掛け違い

新型コロナの感染で病院の機能が停止しそうで、自衛隊の看護官の派遣を要請して対応してもらったところがいくつもあるようだ。
中でもそこでGoToトラベルの行われている最中で、その病院のある地域がキャンペーンから外れていないという話が北海道にある。
これって、どう考えてもおかしくないか?
私がその自衛隊看護官なら「えっ?」と思うのではないか?

人の気持ちの掛け違いは案外誰もが想像しないところで起こる。それは思い遣ることができない意外な事情があったり、表立っては見えない事情がる場合だ。だが、2020年のコロナ禍での自衛隊看護官の派遣は違う。順番に経緯を考えるだけで、「えっ?」となる。

「えっ?」の理由をいちいち述べているようではそれも本来おかしい。だから、この部分だけを記載したい。
きっと派遣された彼らは、そんなことを気にかけることも任務としては禁止されているほどの訓練を受けているのかもしれないが、心情としてはやっぱりおかしいと感じるはずだと私には思えて仕方ない。

 人の気持ち

国家公務員であり、その任務に命をかけるほどの訓練をされた人たちが不平不満を口にすることはないだろう。
そして同時に、彼らの気持ちのやり場を私は想像できない。
しかし、原因はともかく人の移動が感染を助長すことがわかっていながら、明白なキャンペーンが持続されたまま、それに起因するかもしれない感染拡大が理由で、キャンペーンを継続したまま自分たちが派遣される。

お互いに気まずかろうが、もしかしたら車の中と歩道で派遣された人たちと旅行で訪ねた人たちが目を合わすこともあるかも知れない。

この人たちの気持ちを慮ることのできない人が上司にいることは本来は否定したいが仕組みとしては複雑に絡み合っているのだろう。だが、そんなことがまかり通る国が今の日本なのだと理解するにはあまりに情けない。

国民の気持ちが何処にあるのか。今後の行末にそれがどう大切なのか。国の運営は、「国民の気持ちなど無視せざるを得ないこともある」と言うのだとしたら、本当にそうだのだろうか。

私にはどう見ても、納得できる方向に向かているとは思えないのだ。